世界のソーシャルキャンペーン WORLD’S SOCIAL CAMPAIGN

このブログではこれまでの常識に「ひとつまみの非常識」を加えることで世界中で話題となったソーシャルキャンペーン事例を、和訳文付きでご紹介。NPOや起業家等、社会をよりよくしたいすべての人のヒントになれば幸いです。

地中海から難民は消えていない

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Photo by Tanjir Ahmed Chowdhury on Unsplash

自由を求め、今も漂い続ける難民たち

地中海の美しい海岸線に打ち上げられた、小さな子供の亡骸…。ショッキングな写真が世界中に広まった2010年代の中頃、世界の耳目は中東・アフリカ地域の紛争国からヨーロッパへと移動する難民に注がれていました。

しかし今はどうでしょう。彼・彼女たちに関する報道も、ネットの人たちの間の論争もなくなり、あたかもISISの退潮とともに難民たちも消え去り、地中海に平和が戻ったような錯覚を覚えます。

しかし事実は全く異なり、国境なき医師団によると、2021年5月13日の段階で「今年に入って地中海中央部を横断しイタリアに到着した人の数は約1万3000人に上ったが、少なくとも555人が死亡または行方不明となっている」そうです。

prtimes.jp

しかも 難民のヨーロッパへの流入を減らすために、今ではなんとEUが、同地域の主要な紛争国の一つであるリビア沿岸警備隊を支援。彼らの手で捕らえられた難民たちは人権が抑圧された収容所で、厳しい暮らしを予備なくされているそうです。

地中海で難民を救う民間団体SeaーWatch.org

人権についてのEUのダブルスタンダートの是非はさておき、こんな状況の中頑張っているのが民間の団体「Sea-watch.org」。彼らは人々の募金により、地中海に船や飛行機を派遣。難民たちの救助・支援活動を続けています。

そこで今回は、人々の関心の低下が募金額の低下に直結する中、なんとかこの問題への関心を取り戻してもらおうと、彼らが実施した取り組みをご紹介したいと思います。

世界のクリエイティビティの祭典、カンヌライオンズのアウトドア部門で金賞を受賞したアイデアです。それでは例によって、雑な和訳とともに紹介ビデオをご覧ください。

LIFEBOAT-The Experiment (実験:救命ボート)

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【雑和訳】[難民はいらない]ポーランドの司会者:”ダメダメダメ。私たちへ絶対受け付けません” その他司会者”地中海の難民””事態はコントロール不能になっています”「あらゆるヨーロッパの人々が難民について語ってきました。ただし、間違った理由で」

”絶対に来ないでほしい””イタリアがアフリカを受け入れることはない”「政治やメディアは、それぞれの野望を果たすためにこの状況を利用しました。しかしそうすることで、もっとも大切なことを忘れてしまったのです」

国連難民高等弁務官"これは難民の数の問題ではないのです。人命の問題なのです。"「この問題に関する人々の議論に人間性を取り戻すべく、Sea Watchは人々の視点を大胆に変える取り組みを行ないました」「LIFEBOAT-The Experiment (実験:救命ボート)」

「実際に地中海を渡った難民たちの証言をもとに、難民たちが脱出の途上、地中海で体験したあらゆる状況を再現するシミュレーターを設営」難民”屋根もなく…””食べ物もなく…””めちゃくちゃに揺れて…”

「我々はヨーロッパ社会を構成する人々の代表として、40名のあらゆる年齢やジェンダー、職業の参加者を招聘。彼らに、難民が地中海で体験したことの一端を体験してもらいました」「5時間に亘り、彼らは恐怖や飢え、ストレスと不安を体験。その後、この難民危機の実際の一面を視聴してもらいました」

参加者A”(シミュレーターなので)安全なのは分かっていたけど、中には泣き出す人もいました。パニックになる人もいましたね”参加者B”とても怖かったです。いつでもボートから飛び降りることはできたのですが…”

「統合的なPRキャンペーンが、この取り組みの周知を後押し。さらに同名のドキュメンタリー・ショートフィルムがアカデミー賞のノミネート監督であるスカイ・フィッツジェラルド監督によって制作された」スカイ・フィッツジェラルド監督"もしこの経験が、たった一人の難民問題に対する物の見方を変えただけだとしても、それは十分、意義深い成功だと考えています”

「結果、この試みに関する1,000以上の記事が作られ、5億近い人々にリーチした。そしてそれは、難民問題に関する論争に欠けていたものを取り戻したのです」”人間性””人間性””人間性””人間性” メルケル首相"海上救助は人間性に基づくものです。以上" [Sea-Watch.org]

いかがでしたでしょうか?しかしこの2分間のムービーだけでは、この実験の実際がわからないかもしれません。興味を持たれた方は、以下のムービーをご覧いただくとこの実験の過酷さをよりリアルに感じられることと思います。

実験の様子をより詳しくまとめたムービーはこちら

www.youtube.com

今、多くの企業が気候変動に夢中になって我も我もとネットゼロを叫んでいます。とても大事なことではありますが、一方で忘れられがちなのはSDGsの思想の根幹をなす「誰も取り残さない」という部分です。

いくら気温上昇をうまく抑えたとしても、どこかの誰かの苦しみを放置して平然としていられる、人間性の欠けた世界のままではとてもではないが世界が良くなったとはいえない。そんな戒めを与えてくれる取り組みだと思いました。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

共感への入口を作る:アニメーションの力作2点

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Photo by Phil Shaw on Unsplash

身の回りに隠れた問題をあぶり出すアニメーション

ハロウィンが終わった途端にいろんなお店で早くもクリスマスソングが流れ出しておりますが、まだまだ続きますクリエイティビティの祭典・カンヌライオンズ2020/21受賞作品のご紹介シリーズ。今回は私が6年前に審査員を務めたこともある(懐かしい!)同賞のウェルス&ウエルネス部門で金賞を受賞したアニメーションを使った2作品をご紹介いたします。

まず最初は、白人社会にマイノリティとして生きるアフリカ系女性の葛藤を描いた作品「SKIN DEEP」です。高校時代、水泳大会で白人の相手から言われた心ない一言によるトラウマから、その克服までを描いたストーリーです。このムービー、総尺8分13秒のうち頭の30秒が活動家のコメント、そしてお尻の何と5分がスタッフリストなのでそんなに長くはありません(笑)。

SKIN DEEP(素肌の奥、深く)

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水泳大会で打ち負かした相手から「くたばれ、もじゃもじゃ女」と言われて、それをコーチに訴えても「そんなことは言うような子には思えないけど」という一言で救われず、闇堕ちしていく女の子。彼女を、これまでに受けた様々な差別や偏見が襲います。

もがき苦しむ中、彼女よりももっと厳しい差別を受けてきただろう世代の母親の声が救います。「私もずっと、あなたと同じような状況で生きてきたのよ。これからもこういうことはずっと続くのよ。でも挫けないで。あなたのそばにはいつも私とお父さんがついてるわ。」

そこに、高校時代の水泳のコーチが今の世界線に移って語りかけます。「そんな言葉に負けないで。次の戦いに集中するのよ。」そして、今や25歳になった彼女の目に自信が再び宿るのでした。

最後のメッセージは「この話は、実話にインスパイアされたムービーです。人種に由来するトラウマ的ストレスは本当に起きている話なのです。傷ついた人々の心は、リアルなのです。」というような意味です。

Two Monsters in My Story(2匹の怪物の物語)

続いては、フランスの活動団体がアニメで訴えた、家庭で起きている「児童への性虐待」と、それに対する社会的制度の矛盾を炙り出したアニメーションです。

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子供が語ります。「僕の家には、2匹のモンスターがいる。1匹はクローゼットの中。もう1匹はすぐそばにいる、よく知っている顔をしている(←お父さんのこと)。」そして夜、その子を襲いにくるお父さんという名のモンスター。

男の子は、クローゼットの中のモンスターに助けに出てきてくれることを願いますが、出てきてくれません。恐怖で何も言えない少年。虐待の被害に遭った後、勇気を出して少年はクローゼットを開け、中のモンスターに語りかけます。「何で助けてくれなかったの?」すると中のモンスターは子供に話しかけるのです。「君はお父さんに”嫌だ”と言いましたか?」

そこに衝撃的なメッセージが流れます。「フランスの法律では、子供の性的虐待の被害者は、自分が同意しなかったことを証明する必要がある。」

つまり、クローゼットの中のモンスターは、フランスの「法制度」を暗喩していたわけです。このように被害者の心理を汲み取らない状況を放置している法曹界は、虐待を繰り返す犯罪者と同罪だ、ということを訴えている、かなり辛辣な内容であることがわかります。

アニメには、無関心の鎧を潜り抜ける力がある

2作品とも、アフリカ系の人々や子どもたちなど、マイノリティが抱える辛い状況をアニメーションならではの表現で人々に伝え、「わかるわかる、それは辛いだろうなぁ」と共感させたところで最後に訴えたいメッセージを言葉で突き刺すという、見事な構成となっています。

宮崎アニメを観ていてもいつも思いますが、質の高いアニメには、実写ではなかなか実現できない、概念と実存が入り混じった「頭の中で描いたもの」を表現し、人の心を動かすことができるという、とてつもない特長があります。そして質の高いアニメの底にはいつも、強いメッセージがあります。

強いメッセージがあるのにうまく伝えられない時の表現手法としてのアニメーションに、アニメーション大国を誇る日本の我々も、もっと注目していいのかもしれませんね。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

国が認めた、世界初の”募金用コイン”

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Photo by Steve Johnson on Unsplash

募金活動の改善を、根本から促すコペルニクス級アイデア

11月に差し掛かろうとしております。年末というと昭和生まれの私は歳末助け合い運動を思い出しますが、コロナを克服した後にはまた街角で、募金箱を持って活動に勤しむ人々が増えてくるのかな、と思います。

そこで今回は、日本でも活用すればきっと、募金活動の大きな助けになるのではないか?というアイデアをご紹介します。

今年の6月に行われたクリエイティビティの世界的祭典、カンヌライオンズのダイレクト部門とアウトドア部門で金賞を受賞したアイデアです。それでは、ご覧ください。

募金用1ドルコイン(Donation Dollar)

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【雑和訳】「デジタルの進化は、通貨の価値を永遠に変えてしまいました。不幸にも、人々があまり硬貨(コイン)を持ち歩かなくなったというのが、想定もしていなかった結果の一つといえるでしょう。

オーストラリアでは多くのチャリティが、多くの障がいを持つ人たちと同様、コインによる募金を頼りにしています。社会の一員として、我々はコインがどのように活用されるべきかについて、再考する必要がありました。紹介しましょう、”募金用1ドルコイン(Donation Dollar)-世界初の消費ではなく、募金のためにデザインされた合法的通貨”。

王立オーストラリア造幣局で作られたこのコインは、オーストラリアの人口一人当たりに1枚、合計2500万枚鋳造され、流通する限り何度も何度も、国民に募金への呼びかけを行うリマインダーとしての役割を果たします。コインの寿命は30年。コインが行き渡るにつれて、そのインパクトが明らかになりました。

2020年の国際チャリティ・デーに流通を開始。このコインは、我々には助けを必要としている人を助ける力があるのだ、ということを日常的に知らせてくれます。結果、このコインは5万以上のオーストラリアのチャリティ団体やセレブリティ、そして国中の人々に支持されました」

”このコインは、助けを必要としている人をサポートすることの必要性を思い出させてくれます”、”このコインを手に入れたら、犬の募金箱に入れない手はありません。この1ドルが違いを生むのです”「人々の寛大な心を、未来の世代のために刺激しました」”*様々なニュースアンカーたちのコメントが入る

[オーストラリアの人口の89.9%にリーチ/ 99.9%がポジティブに反応/ 最初の2ヶ月で53.3%が募金][このコインの1枚が1ヶ月に1度募金されるだけで、年間3億ドルの募金がチャリティ団体に追加で入ることになる。コインの寿命が尽きる頃には、その総額は90億ドルになる-オーストラリア財務省

「募金用1ドルコイン(Donation Dollar)-変化をもたらすための、小さなコイン」

募金側では解決できない問題を「お金」の概念を変えて克服

いかがでしたでしょうか?このブログでもこれまで、(下にリンクを貼っておきますが)様々な団体が、募金やチャリティの金額を上げるために繰り出してきた、様々なアイデアをご紹介してきました。

募金箱の改善や募金の仕組みの工夫、デジタルの活用など、本当に目鱗のソリューションばかりなのですが、今回のような「お金の側」、つまり、いわば”胴元側”に手を加える、というアイデアはおそらく今までにないアイデアかと思われます。

このビデオの冒頭でも語られていた通り、デジタルの浸透により20世紀の常識がどんどん過去のものとなっています。未来の人々が振り返って見たときに、今という時代は、またとんでもなくラディカルな時代なのかもしれません。

これまでの思い込みや縦割りに臆することなく、組織と組織が壁を破壊し、手を取りコラボレーションすることで私たちの可能性は無限大に拡がるのだ、ということをこのアイデアは力強く示してくれています。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

【巻末付録】募金に関するアイデア

wsc.hatenablog.com

wsc.hatenablog.com

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アンデスの子供と母親たちを栄養失調から救う「デザインの力」

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Photo by Blaine McKinney on Unsplash

 

リラックスムードの週末に、ほっこりとするアイデア

2021年10月22日現在、東京では新型コロナウイルスの新規感染者数も大きな減少をみせ、街をゆく人々の姿もそこはかとなくリラックスしているように見えます(そもそも1年以上、リモート勤務を続けてきた自分が街ゆく人々を見ていること自体が事態の沈静化を物語っています)。

次の波がいつ来るのか、来ないのか?やれることはやりつつ、結局全ては天に委ねるしかないのですが、社会の小休止ムードに合わせて、今回は世界のクリエイティビティの祭典、カンヌライオンズの今年の受賞作からほっこりするアイデアをお届けしたいと思います(ヘルス&ウェルネス部門/ダイレクト部門金賞受賞)。

先週に引き続き「デザインの力」が際立つアイデアなのですが、前回とは対照的に今回は”超”アナログな取り組みです。アンデスの色彩と音楽、オーガニックな風景にのせてまるで秋の高い青空の下、峠のてっぺんで深呼吸するような気持ちでご覧ください。

Mother Blanket / 母親たちのための毛布

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【雑和訳】[南米では、3人に2人の子供が栄養失調に苦しんでいる(2020年 WHOの報告より)]「エクアドルアンデス地方では、30万人以上の子供たちが慢性的な栄養失調と戦っています。孤立した集落に住む彼らにとって、定期的な検診を受けることは難しく、ときには文化的な違いや、現代の薬への不信がその困難に輪をかけることもあります」

「このような健康上の問題は多くの場合、親も気付かぬままに進行し、不治の病や、ときには死に至ることさえあります」小児科医のマリアさん”ここでは、子供が発育不良を起こしています。母親たちは子供がふっくらしていればしているほど健康だと思い込みがちですが、そうではないのです。子供の肉体的成長に関する正しい基準は、体重ではなく、身長なのです”

[Mother Blanket ]「母親たちのための毛布」「母親と子供たちを繋ぐ文化的象徴である現地の毛布"sikinchi"に着目した私たちは、この毛布を小児科の検診に活用できるものに変えました」「女性の毛布編み士と力を合わせて、我々はWHOによるガイダンスに基づく子供の2歳までの適切な身長変化を、視覚と現地の言葉で理解できる毛布のデザインを開発」

「これらの毛布は各地のコミュニティセンターで母親たちに提供されました」「そこでは同時に、子供たちの肉体的な健康をモニターするためのトレーニングが行われました」「それにより、母親たちはどんなに離れた場所に住んでいても、自分で我が子の健康を継続的にチェックすることができるようになり、成長に異常を感じた時はメディカルセンターで受診をさせるべきかどうか、自分自身で判断できるようになったのです」

[これにより、1万5千件以上の慢性的栄養失調が判明][トレーニングを受けた母親たちの70%が我が子の3歳児検診を受診]国連のイヴァンさん”国連では、栄養失調の解消を大事な使命だと考えています。そして我々の文化をこのように活用することは、とても素晴らしいアイデアだと思います”

「今日では、アンデスの母親たちは何世紀も続いた伝統(sikinchiのこと)とともに、とても自然な形で子供たちの成長を正しく把握することができるようになりました」[Mother Blanket ][Vivir & CCPDA ]

デザインと機能性が、土着のカルチャーと見事に融合

いかがでしたでしょうか?1枚1枚の毛布のデザインについては以下のリンク(↓)からご覧いただけますが、現地の作物や動物など、住民に馴染みのあるアイコンと、子供を計測するためのメモリが自分も思わず欲しくなるようなクオリティで、見事にデザインされています。

www.oneclub.org

大切なことはデジタル、アナログではなく「役立つ」こと

社会課題の解決、というとすぐにスマホなどのデジタルデバイスを使ったソリューションを考えようとしてしまいがちですが、デジタルはやはり手段にすぎませんし、今回の毛布のような「リアルな物品」には、持っていることで満たされる土着文化への誇りや愛着など、スマホアプリでは呼び起こしにくい人間の深い感情を惹起できる強みがあります。

今の時代のソリューション考案者として一番強いのは、コピーライティングやデザイン、コーディングなどの一つの”芯”をしっかりと持ちつつ、全盛期のリアル版柔ちゃんの柔道のように、どんな体制、状況からでも常に「役立つ」、技あり一本なアイデアが出せるよう、デジタルからアナログまで、全てを状況に応じて使い分けられる知識と能力を持つことなのかな、と思います。

学びをあきらめたら試合終了

常に新しいものが生まれ続け、変わり続ける今の時代は「学びをあきらめたら試合終了」の時代でもあります。かなり厳しい時代ではありますが、本当にささやかながら、このブログがそんなみなさんの”学び”のお役に立てればと思います。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

プラゴミを減らす新素材の魅力を最大化した「デザインの力」

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Photo by tanvi sharma on Unsplash

新素材+デザイン=革命

夏からずっと続けております世界的クリエイティビティの祭典、カンヌライオンズの受賞作のご紹介ですが、今回はデザイン部門でグランプリを受賞したアイデアをお届けします。

正直、これまで主に紹介してきた「広告」や「プロモーション」の効果を増すためのアイデアではなく、素材そのもののアイデアなので、取り上げるのになんとなく違和感を感じてこれまで避けてきたのですが、これからご覧いただく紹介ビデオを見て、この試みが受賞した理由を納得しました。

素材そのものは、どんなに機能が優れていても存在するだけでは注目されにくいですし、その結果、世に広まらなければ意味がありません。

それを人々に受け入れやすい「デザイン」で世に問うことで広めていく。そんな、デザインの力を感じさせる逸品です。これをデザイン部門のグランプリにするとはやはり、さすがはカンヌです。

NOTPLA(Not plasticをもじった素材名)

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【雑和訳】[毎年、800万トンのプラスチックゴミが海へと流出している][海は解決策を提供できるのか?][海藻][これはplastic][これはnot plastic][*not plasticの文字が素材名”NOTPLA”のロゴに変わる][パッケージという概念を消す][飲み物は食べる時代に][ジュースに][カクテルに][ソースに][分解に750年かかるプラスチックに対し][6週間で自然に消える生分解性][NOTPLAとJUST EATのコラボレーション][NOTPLAとLucozadeスポーツドリンクのコラボ][ロンドンマラソンにて、NOTPLAに入った10万パックのLucozadeをランナーたちに][その前年は65万本のプラスチックボトルが使われていた][NOTPLAとトロピカーナのコラボレーション][NOTPLAとザ・グレンリベットのコラボレーション][3億のソーシャルインプレッションを記録][パッケージを消滅させた]

全てが高いレベルでデザイン

いかがでしたでしょうか?ビデオでも紹介されていましたが、おそらく素材を開発した技術屋さん的には「どんな形や大きさでもOK!」と言いたくなるだろうところを、親指と人さし指でつまめる、あえてシンプルな四角形で統一(いろんな色のものが並ぶとちょっとお寿司っぽくもあります)。

ビデオの中では、その四角をアイコン化することで、プラスチックボトルなどのシルエットと比較がしやすい存在にしています。

そしてさりげなく取り上げられているウェブサイトやスマホサイトのデザインも統一性が取れています。そして何より、ビデオ自体がとても良いです。

私はデザインの専門家でもなんでもないですが、そんな私でも「なんか良さそう」「試してみたい」「使ってみたい」と思わせるオーラを、素材自体のポテンシャルとデザインの相乗効果が最大化させています。

いやぁ、アイデアって本当に本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

アイデアが選挙にできること

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Photo by Clay Banks on Unsplash

選挙の季節がやってきました

この記事の執筆日は2021年10月9日。岸田内閣が発足し、月末の31日には衆議院の解散、総選挙が行われる見込みです。このタイミングを待っていたわけではないのですが、クリエイティビティの世界的祭典カンヌライオンズの今年の受賞作(メディア部門グランプリなど多数)で、選挙にまつわる素晴らしいアイデアがあったので今回はそれをご紹介したいと思います。

今年の頭には親トランプ派が議事堂を占拠したりと、アメリカの民主主義の危うさを感じる機会も増えていますが、このように民主主義を守る動きがしっかりとあるのもまた、アメリカの底力なのかな、と思います(暮らしていてとても疲れそうな社会ではありますが…)。

以下の紹介ムービーを例によって、私の雑な和訳とともにご覧ください。

Boards of Change(変革の板)

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【雑和訳】ジョージ・フロイドが警官に殺される前の音声「殺される!死んじゃうよ!息ができない…」 [2020年の大統領選挙まで5ヶ月] [*シカゴ・ニューヨークでのblack lives matter運動の様子が映し出される] ニュース映像"ダメージは広範囲で、多くの店舗の窓が粉砕されました。各店舗は今、板で補強を行なっています"

[シカゴ市が-] [大統領選挙において-] [提供したもの-] ["変革の板"]

[*変革の板により作られた投票登録・投票ブースが次々と映し出される] 街の人「皮肉なのは、この登録所の板がもともと、自分たちの声が無視されている、という怒りにより壊された店舗の窓を塞ぐための板だった、というなんだ。それが今、そういった人たちのための投票ブースになっているんだから、びっくりだよね」

[民主主義が攻撃にさらされているころ-] メディアの人「黒人の有権者に対する権利が絶え間なく攻撃されているんです」 [シカゴは黒人の有権者が大切であることを明確に示す必要があった] シカゴ市長「今こそ、black lives matterのエネルギーを建設的で、後世に残る民主的な試みへと変換させるときなのです」 ミシェル・オバマ「この国では5人にひとりの有権者が、選挙の登録すらしていないのです」

[このブースは、選挙への登録をこれまでになく簡単なものにした] [そして社会的マイノリティに属する人々を投票へと駆り立てた]  インフルエンサーと思しき人たちのコメントが入る「私は、私たちにも一票を投じる権利がある、ということを示す一例になろうと思います」「ここで投票しなきゃ!」「今こそ動くとき」「社会システム全体の変革が必要とされていて、我々にはそのための場所が用意されているのです」

[街のメディアを使い、投票所への道案内も実施] [この試みは、国全体へのインスピレーションとなった] [*各種メディアで取り上げられている様子が映し出される]

[シカゴでの選挙登録者数は史上最高を記録した][投票者数も然り] [黒人コミュニティの歴史的瞬間の一つとして] [変革の板による投票ブースはデュ・セイブルアフリカ系アメリカ人歴史博物館に展示されている]

選挙権は私たちが守るもの

いかがでしたでしょうか?アメリカに住む人々、特にマイノリティの人々の選挙への熱い思いが伝わるアイデアだと思います。

戦後の日本で育った感覚だとどうしても「選挙権はあって当然のもの、だけど別に投票しても、しなくても何も変わらない気がする…」という意識があると思います。しかし民主主義は先人たちが試行錯誤の末に、世界中でたくさんの血を流して開発した、国民、政治家、役人、メディアが”きちんと働く限り”相当良くできたシステムです。逆にいうと、現在の投票にまつわる様々な問題は各ステークホルダーがきちんと働いていないから起きているものだ、ともいえます。

それぞれのパートに大なり小なり課題はありますが、だからといって民主主義自体を破壊してしまうのではなく、今回ご紹介したようなアイデアの力をうまく使い、それぞれの持ち場を少しずつ改善していければ素晴らしいな、と思います。

そして我々国民のパートの課題は、政治家たちに「ちゃんと見てるぞ」ということを示すための「投票率の向上」です。私も今度の選挙、「きちんと自分たちの仕事をしているメディア」による情報をしっかり読んで、しっかりと投票してこようと思います。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それでは皆さん、また来週!

スペインで人口70人の町を過疎から救った、シュコダ入魂の試み

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Photo by Eder Pozo Pérez on Unsplash

5年前にアップしておくべき記事でした

今週は前回の記事*がきっかけでこれまで、本ブログで取り上げていなかったことに気づいた、前回同様「自動車のブランディングで町おこしを実現した」過去の名キャンペーンをご紹介します。これまでお伝えしてきた世界的クリエイティブの祭典カンヌフェスティバルでも高い評価を得た作品で、2015年にPR部門で金賞を受賞しているものです。

*ちなみに前回の記事はこちら

wsc.hatenablog.com

個人的には「解決した課題の明快さ」や「商品特性と地理的条件との整合」、そして「時間的にこちらの方がオリジナルであること」の3点から、先週のアイデアよりも若干、こちらの方が強いのかなぁ…と感じています。

それでは早速見てみましょう。チェコの自動車メーカー・シュコダによる取り組みの紹介ムービーを(例によって)、私の雑な和訳付きでご覧ください。

シュコダ「70 Guardians of Winter(70人の冬の守護者たち)」紹介ムービー

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【雑和訳】[地方の人口減少により、スペインではこれまでに3,000の町村が放棄されてきた] [現在のペースだと、これからも毎年およそ100以上の町村が放棄され続けることになる]

[ヴァルデリナレス-スペインで最も標高の高い町] "ヴァルデリナレス。80年以上前には、このスペインで最も標高が高い町に、1,470もの人々が住んでいた。しかし今では、70人しか住んでいない” おばあさん「慣れないと、ここの冬は相当厳しいわよ」

”薬局もない。スーパーもない。病院とは20キロ離れている” "2014年の冬、学校は廃校の危機を迎えていた” 教師「家族が離れれば、子どももついて行く。そうして町から活気が失われてしまうのです」

"しかし住民たちは離れることを望んでいなかった" "彼らは70人の冬の守護者たち" ”そしてこれは、シュコダの新しい4X4がどのように町を過疎から救ったかについての物語だ”

”我々は家族を持つ人たちの関心を惹きつけるための、町の人々を使ったスポットCMを制作” 町の女の子「冬に備えよ。我々は今年も備える、あなたのために」 TVの人「素晴らしい取り組みです。シュコダは町の70人と一緒になってCMを作ったんです」

シュコダはこの4X4を街に来る新しい家族のための就職口に転換” 「街に移住してくれた人には、冬の守護者たちのためのドライバーになってもらう仕事を用意します」 "町の物語はドキュメンタリーとなり、人々がヴァルデリナレスや、70人の住民について学べるようウェブサイトが作られた"

”この取り組みは話題となり、600以上の家族が応募” "そして、この家族が選ばれた" [デイビッド&ベレン夫妻] "結果、ヴァルデリナレスの冬の守護者の数は今、75人に" "そして学校はたくさんの年数、運営を続けることができるようになった"

”結果。ブランド認知は25%向上。シュコダの売り上げは前年の同じ時期に比べ、21%向上した” "ヴァルデリナレスの検索回数は83%向上" "この冬は、新たに2つの町が、新しい家族を迎えるためにこのアイデアを活用した"

[70人の冬の守護者たち]

短期のビジネス目標と暮らしをどうマージさせるかが課題

いかがでしたでしょうか?前回ご紹介した電気自動車のアイデアが「田舎の村の人々全員に3年間の期間限定で、電気自動車を支給して暮らしてもらう」というものだったのに対して、この取り組みは「シュコダの4X4を使った運転手として、新たな家族を過疎の街に迎え入れる」ということで、過疎というその地域が抱える課題に取り組んでいるところが、私はより一歩踏み込んでいるな、と思いました。

とはいえ、これは5年以上前のアイデアです。今もこの家族が村に定着しているかわかりませんし、企業の動きとしてはどうしても「車が売れれば良い」ということになりがちなので、今もこの取り組みを受け入れた町とシュコダが丁寧なコミュニケーションを取り続けているかどうかはわかりません。

そのリスクを承知である意味「人々の一生を左右する」このアイデアを実施したことを企業として「勇敢だ」と称賛するのか、「蛮行だ」ととるかは意見の分かれるところでしょう。

個人的にはこのアイデアは素晴らしいと思います。ただし今の時代の尺度で見ると、企業活動という短期的なものを、人々の暮らしという区切りのないものとどうマージさせるのかの部分(例えば行政とどうコラボして、この取り組みをサステナブルにものに変えたのか、といった部分)までフォローされていれば、さらに素晴らしいアイデアになると思いました。

市町村の過疎化は日本でも長年訴えられながら、解決されてこなかった大きな課題です。このアイデアが行われた2014年とは違い、地方でもオンライン会議やeコマースを使いこなす人々はかなり増えました。今回のアイデアのフォーマットの上にこれらの社会的変化を載せれば、日本でも何かより、素晴らしいことができそうな予感がします。ぜひ、日本のあちこちでご参考いただければと思います。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それでは皆様、また来週!