世界のソーシャルキャンペーン WORLD’S SOCIAL CAMPAIGN

このブログではこれまでの常識に「ひとつまみの非常識」を加えることで世界中で話題となったソーシャルキャンペーン事例を、和訳文付きでご紹介。NPOや起業家等、社会をよりよくしたいすべての人のヒントになれば幸いです。

アフリカ最大の遊牧民たちの文化を守るため、マイクロソフトが文字を開発【カンヌ2023受賞作より】

UnsplashのJames Wisemanが撮影した写真

🏷️ こんな時代こそ、多様性をお祝いして今年を締めたい

 このブログは、主にカンヌライオンズなど、西側で評価されたアイデアを紹介することに主眼があります。が、ここ最近の世界的な出来事で、世界のほんの一部(のモノの見方)で評価されたものを、あたかも全世界が評価しているかのように紹介することが正しいのか少し悩んでしまい、ブログの更新を休んでおりました。

 しかしブログ・マスト・ゴー・オン。今回はそんなこともあり、世界の多様性を祝うような、晴れやかなアイデアでこの一年を締めくくりたいと思います。

 ちなみにこちら「世界的クリエイティビティの祭典」カンヌライオンズ2023のデザイン部門と、クリエイティビティ・ビジネス・トランスフォーメーション部門でWグランプリを獲得するなど、高い評価を獲得したキャンペーンとなります。それでは以下の解説ムービーをご覧ください。

🪧「ADLAM - An Alphabet to Preserve a Culture / ADLAM - 文化を保つためのアルファベット(文字体系)」

youtu.be

【雑和訳】文字要素: アルファベット(以下文字体系)は文化を保護できるのか? / イブラヒマ・アンド・アブドゥライと、マイクロソフトによるプロジェクト / ナレーション:西アフリカのフラニ族の人たちは世界最大の遊牧民族です / 彼らの母国語プラー語は、常に話し言葉で用いられ、文字体系を持ちませんでした。他の言語の文字体系を使うことを余儀なくされ、識字率を押し下げる一方、彼らの言語が持つ意味やニュアンスは、その伝統や物語、歌と共に消滅の危機にありました / ふたりの若い兄弟、イブラヒマとアブドゥライ・バリーは、この状況を看過できませんでした / そして一文字一文字、彼らのための文字体系を創りあげたのです / しかしそれは手書きのもので、現代のデジタル社会では、その用途は限られたものでした / タイトル:ADLaM - 文化を保つためのアルファベット(文字体系)/ イブラヒマ「私たちは目を閉じて、自分たちの言葉の音から、形を作っていきました」/ アブドゥライ「私たちがADLaMを作っても、それを使われるものにするには、コンピューターで使えるようにしなければなりません」/ ナレーション: バリー兄弟とのパートナーシップにより、私たちはその文字体系をエンコード。ついに、フラニ族の人々は自身のコンピューターに、自身の言語で文字を打ち込めるようになったのです / マイクロソフトの主任マネージャー アンドリュー・グラス氏「コンピューター上で自身の言語を使えるようになることは不可欠なことです。それができなければ、私たちが生きているこの世界から自身を遮断してしまうことになります」/ ナレーション:しかし、デジタル社会が進化を続ける中、この文字体系をより読みやすく、打ち込みやすいものにするための大きな改編が必要でした / アブドゥライ「文字の形が最終形に定着するまでには、何百年もの年月がかかります。しかしマイクロソフトはそのプロセスを大幅にスピードアップしてくれました」/ ナレーション:タイポフェイスの専門家たちとの協業を通じて文字の形は改訂され、より新しく、最適化されたバージョンとなりました / そして、私たちはそれを、世界中のコンピューターで使えるものとしたのです / アンドリュー・グラス氏「私たちは、ADLaMをMicrosoft365で対応可能にしたことは、フラニの人たちや、その文化の保護においてとてつもなく重要なことになると考えました」/ ナレーション:そして、フラニのコミュニティはそれを歓迎しました / 彼らのビジネスや、コミュニケーション、そして次世代への教育のために。フラニの文化を永遠に保つために / フラニの女性 オモウ・オウマロウ氏「私たちの文化は風前の灯でした。しかしこのADLaMがあれば、書き文字として(フラニの文化は)永遠に残ることでしょう」/ ロゴ:マイクロソフト

🏷️ 人類が次なる破壊から逃れるために

いかがでしたでしょうか?

ここ数年、私たちはニュース映像で、世界中の人々の素晴らしい文化が瓦礫の山とともに傷つけられていく様子を目の当たりにしています。そして、それぞれの暴力沙汰に対し、自分たちは応援するか、非難するかの二択を迫られているような気がします。

しかし残念ながら、この二択に囚われているうちは、そこには瓦礫の山しか残りません。

なぜそんなことになってしまっているのでしょうか?なぜならそこにはアイデアがないからです。どうしても解決できない問題を解決する。そこにはやはり、悪い大人たちの煽動を耐え抜く人類の叡智の結集、アイデアの力が必要です。

…ということで、なぜ私がこのブログを続けているかの理由を匂わせつつ、今年を締めたいと思います。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それでは皆さん、また来年!