世界のソーシャルキャンペーン WORLD’S SOCIAL CAMPAIGN

このブログではこれまでの常識に「ひとつまみの非常識」を加えることで世界中で話題となったソーシャルキャンペーン事例を、和訳文付きでご紹介。NPOや起業家等、社会をよりよくしたいすべての人のヒントになれば幸いです。

全米注目!スーパーボウル2022でのソーシャルキャンペーン その② EV編

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Photo by Luis Santoyo on Unsplash

今年のスーパーボウルで流れた電気自動車(EV)のCMたち

今回は先週に引き続き、NFLスーパーボウル中継で全米にオンエアされたCMの中から興味深かったものをご紹介します。

今年のスーパーボウル広告のトレンドとして顕著だったのが、自動車会社が炭素排出量ネットゼロ時代に向けて本格的に売り込みを始めた電気自動車(Electric Vehicle, 略してEV)の広告の台頭でした。

ということで、EVのシェア獲得競争に乗り出した自動車メーカーたちがしのぎを削ったスーパーボウル広告の数々を、今回と次回の2回に分けてご紹介します。

それではまず、ボルボ…というか中国の吉利グループ傘下のスウェーデンのEVメーカー、ポールスターのCMをご覧ください。

Polestar「No Compromises (妥協、なし)」

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[雑和訳] *画面上に文字が入る「すごいナレーション、なし」「すごいキャッチコピー、なし」「排出ガスのごまかし、なし」「汚れた秘密、なし」「隠れた課題、なし」「空約束、なし」「近道、なし」「火星征服、なし」

「あれやこれやの言い訳、なし」

「安住すること、なし」「グリーンウォッシュ、なし」「ナンセンス、なし」「(寄せ集めのの)委員会、なし」「合意、なし」「妥協、なし」「なし」→「No.2」「Polestar 2」「100%電力」

新参者ゆえの「アンチ現状」なメッセージで存在をアピール

既存の自動車メーカーと比べて車種もEVしか持たず、知名度も圧倒的に劣る新参EVブランドとして、ポールスターが採用したのが「大風呂敷」は一切ひろげず、我々こそが”本当の”EVメーカーなのだ、ということを正攻法で伝えるアプローチでした。

有名人も使わず、スーパーボウルという大舞台であえてニッチに「わかる人はわかってくれ」という態度で差別化を図ったわけです。

そして、これとは全く対照的で面白かったのが、アメリカを代表する自動車ブランド、GM(ゼネラルモーターズ)によるこのCMです。

GM 「Dr .EV-il  (Dr.イーブイル)

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[雑和訳] *GM本社にて Dr.イーブル「諸君、我々はGMの乗っ取りを完了した」 No.2「Dr.イーブル、GMのUltiumプラットフォームが生み出すパワーで、我々が活動できるようになりましたぞ」 スコット「排気ガスともおさらば、というわけだ」 

Dr.イーブル「すまん、じゃあ私はもうDr.イーブル(悪)じゃなくて、Dr.グッドってことなの?ごめん、メモ取ってなくてさ」 スコット「気候変動が世界では今、一番の脅威なんっす」 No.2「Dr.イーブル、あなたは今、世界の脅威のNo.2になってしまいました」 Dr.イーブル「No.2なんてやだよ。No.2君」 

スコット「この星を救わなきゃ!」 Dr.イーブル「勘弁してくれ〜、の涙」 スコット「私の息子のためにも」 Dr.イーブル「君の…息子?彼をベイビー・ミーと名付けよう!」 スコット「いや、彼の名前はカイルっす」(スコットを消そうとするDr.イーブル)

フラウ「ダメ〜!最初に世界を救わなきゃ!それから征服すればいいでしょ!」 Dr.イーブル「じゃあ君がうまいことやって…あれ、わかった、つまり最初に世界を救って、それから征服すればいいわけだな!」 スコット「それ、彼女が言ったそのままっす」 

Dr.イーブル「スコット、君はわかっていない」 スコット「何がですか?」 Dr.イーブル「お前には絶対わからないよ〜」 スコット「ガキみたいなやつだな!俺のことも消せないくせに!」 フラウ「おやめ!まずはカーボンフットプリントを減らすの」 

Dr.イーブル「よくわからないけど、行こう!全部電気化するんだ!」 フラウ「乗り込め〜」 Dr.イーブル「スコット、お前はダメだ!…いつか君が私の後を継ぐんだよ、ベイビー・ミー…」

*画面にロゴが入る”EVerybody in. GM

メジャー自動車メーカーとして、EVを楽しく(?)アピール

GMはポールスターとは真逆のスタンスで、頭でっかちにならず、EVを楽しく伝えるべく90年代後半のコメディ映画「オースティン・パワーズ」の悪役たちを採用。彼らのドタバタなやりとりの中でEVを選ぶことの社会的意義と、GMの”Ultiumプラットフォーム”を軸とした取り組みを伝えました。

EVという最先端の商材にあえて20年前のキャラクターをぶつけた意図が興味深くはありますが、メジャーブランドのスタンスとしてはこれも正攻法だと思います。

スマホやEVなど新しい市場が創造されるときは、いろんな企業による、いろんなマーケティング活動や広告上のクリエーティブ表現を見ることができる、ウォッチャーとしても楽しい時です。

ということで来週もセレブや動物がわんさか出てくる、スーパーボウルの中のEV広告特集を続けます。さて、次回は今回よりも面白いものが果たして現れるのか…?

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

全米注目!スーパーボウル2022でのソーシャルキャンペーン その①

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Photo by Thomas Serer on Unsplash

30秒の広告1本流すのにかかる費用は約7億5,000万円

現地の日付で2月13日、NFLスーパーボウルが開催されました。全米の家族がTVの前でカウチポテトをしながらアメフトの中継に固唾を飲む「国民的行事」ですが、試合や豪華なハーフタイムショーに加えて、全米の家族が楽しみにしているのが試合の合間に流れるテレビCM。

アメリカのテレビ業界でも毎年、最も高騰する広告枠として注目の枠で、今年は30秒のCM1本流すのに650万ドル(日本円でおよそ7億5,000万円)から、という値段がついたそうです。

そしてスーパーボウルは毎年、普段は広告に出ないハリウッドスターが登場するなど、気合の入った広告表現に各社がしのぎを削る場でもあります。

このブログでは今週から何回か、この広告枠で展開された「ソーシャルグッドなメッセージ」を含んだテレビCMを特集しようと思います。まずは最初、サステナビリティ関連の取り組みに力を入れているSalesforceのCMをご紹介いたします。ハリウッドスターの一人、マシュー・マコノヒーさんが登場しております。それではご覧ください。

Salesforce 「The New Frontier (新たなフロンティア)」

www.youtube.com

[雑和訳] ナレーション「宇宙。それは人類の偉業を示す場所。そして新たなフロンティア…」「…て、ホントに?」「逃げ出してる場合じゃないでしょ。もっとしっかりと取り組む時だよ。もっと木を植えたり…いいね!もっと信頼しあったり。もっといろんな人に、(公平に)チャンスを与えたりね。他の奴らは火星のメタバースなんかに夢中になっているけど、僕らはここに留まって、傷んだ場所を治していこう。そう、今こそ先駆者になる時。だって、新しいフロンティアって、専門的な知識がないと行けないような場所じゃないんだ。今いるこの場所こそがフロンティアなんだから*画面にロゴが入る”Salesforce #TeamEarth”

大金持ちが宇宙やメタバースに挑む姿を逆手に

いかがでしたでしょうか?去年はジェフ・ベソスさんやリチャード・ブランソンさんが宇宙に行ったり、ザッカーバーグさんがメタバースへの移行を宣言するなど、さまざまな「大金持ち」たちが新しい世界(新たなるフロンティア)へのチャレンジを行った年でした。その賛否をここで語るつもりはありませんが、その流れをうまく捉えて、自社の”絵空事ではない”サステナビリティ促進活動をアピールしたCMだと思います。

*「でもSalesforceは地球の環境を守るために実際は何をしているの?」と思った人はこのCMの最後に出てくる#Team Earthのサイトをご覧くださいませ。↓リンクを張っておきます。

www.salesforce.com

Google 「Lizzo in Real Tone (あるがままの色のLizzo)

続いてのCMはGoogleから。これまでのスマホの画像技術は、肌の色が濃い目の人をないがしろにしてきたのでは…という気づきにしっかりと対応した自社技術をアピールしています。「炎上したから」や「周りに言われたから」やるのではなく、組織にあらかじめ多様性を持たせることでこれまで無視されてきたマイノリティの不満に自ら気づき、プロアクティブに対応できる企業やブランドであることの大切さを痛感させられるCMです。

www.youtube.com

[雑和訳] 文字要素:”歴史的に、カメラの技術は濃い目の肌のトーンを正しく写してこなかった” ナレーション「濃い目の肌のトーンを持つ人は、いつもライティングに苦労をしてきました」証言者A「学校のアルバムとかでは子供の頃からいつも、自分はひどい写りの写真しか残ってないんです」証言者B「いつも暗すぎたり、影っぽく写ったり」文字要素:”でもそれはもう、過去の話” (アーティストLizzoの楽曲が挿入される)文字要素:”登場。Google Pixel 6に搭載のReal Tone" (多様性あふれる人々の、ありのままの美しい姿が挿入される)文字要素:”すべての人は、あるがままの姿で受け止められるにふさわしいから” *画面にロゴが入る”Google Pixel 6 #SeenOnPixel”

社会を完成したものと見るか、未完成なものと見るか

このブログでは8年前から海外の優れたソーシャルグッド事例を紹介していますが、この8年間はずっと「なぜ日本だと今回紹介したようなプロアクティブなメッセージや活動が民間から出にくいのだろう…」と自問する時間になっています。

そこで最近、自分の頭の中にぼんやりと浮かび上がってきているのが、日本の我々の社会に対する考え方と、海外の人たちの社会に対する考え方の違いです。

私も含め、日本のほとんどの人は、この社会が既に完成されているもので、これに手を加えていくことに「崩していく」という感覚があるのかな、と思います。

一方、海外の多くの人々にとっては社会は常に「未完成」で、みんなの意見を出し合うことで「前進させていく」という感覚があるのではなかろうか…なんてことを感じております。

そんな社会に対する根本的な考え方の違いが、(日本の我々から見ると時にはメチャクチャな軌跡を描きながらも)新しい価値を世界にもたらす世界的企業やブランドの推進力になっているのかもしれません。

まだ自分の頭の中で整理できてないので、3〜4年後にまたこの文章を読むのが楽しみです。

来週もスーパーボウルを続けます。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

「僅差の勝ち負け」を視覚化することで全米の投票者を動かしたSNSキャンペーン

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Photo by Element5 Digital on Unsplash

どうせ自分の一票なんて…を覆した「データに基づく表現」

気づけばアメリカの中間選挙、韓国の大統領選はもちろん、日本の夏の参議院選挙など、今年は選挙の一年となっています。国がある程度安定していると投票率が下がるのは日本だけではなく、世界各国でも一般的な傾向のようで、アメリカでも2020年の大統領選挙では投票率の向上はさほど見込まれていない状況でした。

今回は、そんな状況に一石を投じたアメリカで人気のソーシャルメディアReddit」の賢い取り組みを紹介します。

日本ではまだ無名と言っていいRedditですが、ユーザー登録すると、「野球」や「K-pop」などの趣味のスレッドに参加して、他の参加者たちと投稿を交わすことができます。良い内容の投稿には上向きの矢印のアイコンをクリックすることで投票(FBで言うlikeにあたるもの)することができます(詳しくはこちらの記事をご覧ください)。

今回のアイデアは、Redditがその「投票(VOTE)」機能に着目して2020年の大統領選挙前に実施した、とても説得力の高い取り組みになります。

世界的クリエイティビティの祭典カンヌライオンズ2020/2021のアウトドア部門で金賞を獲得した取り組みです。それでは以下の紹介動画をご覧ください。

Reddit - Up The Vote (投票をアップしよう)」

www.youtube.com

[雑和訳] ナレーション「アメリカの選挙では、国民のほぼ半数が投票をしていません。なぜなら、彼らは自分が投票しても意味がないと思っているからです。しかし、2020年の大統領選挙はとても重要な選挙でした」 (*失業者や、BLM運動の映像がインサートされる)

ナレーション 「そこで、参加者の投票で運営されているソーシャルプラットフォームRedditは、そこでのさまざまな投稿に集まる投票を、実際の選挙に役立てることにしました。”Up the Vote”キャンペーンをご紹介します。

この取り組みでは、Reddit上の記事に集まった投票数の影響力を、これまでの実際の選挙結果と対比させることで表現

(*画面上ではRedditで537票を集めたネコの投稿の後に、過去のニュース記事「2000年の大統領選挙において、フロリダではわずか537票差で選挙結果が決まった」が入る。その後、Redditのデジタルディスプレイ広告として掲出された表現「2000年の大統領選挙では、わずか537票差で勝敗が分かれた。Redditでは、このネコに729票が集まった」が映し出される)

ナレーション「このキャンペーンでは、わずかな得票差が実際の選挙結果を左右することを、その際の票差と、それに近い票数を持つRedditの記事とをペアリングすることで示しました」(*画面上ではRedditのデジタルディスプレイ広告として掲出された表現「このアート作品はReddit上で、2018年にイリノイ州で州議会選挙で勝つための票よりも多くの投票を集めた」が映し出される)

ナレーション「私たちはこれらの広告をただ見てもらうだけでなく、Redditユーザーたちがシェアしたくなるよう、意図的に目立つデジタル屋外看板にて掲出。実際にたくさんのシェアが行われ、各地の広告をたくさん集めて、シェアしようとユーザーたちも団結してくれました。そしてさらに、このキャンペーンの看板についての投稿に集められた得票数に反応し、それを基にしたさらに新しい看板広告をアップするなど、インタラクティブな取り組みも行われました」

ユーザーの書き込み「やったぜ!自分の記事が看板に載った!」

ナレーション「我々はさらに、地理的な場所に合わせた内容のデジタル屋外看板と、そこから周辺のモバイル端末に配信されたデジタル広告で、周辺の人々をその場で選挙登録サイトへと誘導。フィルム、プリント、デジタルも露出を稼ぎ、デイリーユーザーへのリーチは5,800万を記録。12,000のユニークコメントと、90万のRedditへの投票を集め、4億500万のトータルインプレッションを記録しました」

ナレーション「でも何より重要なのは、33万2千人の人々を選挙登録サイトに導いたことです。これは、(2020年の大統領選挙において)全てのスイング・ステート*(*共和党民主党の支持が拮抗している州)で勝敗を分けた票差の合計数(31万1,257票)と、ほぼ同じになります。

たまたまかって?その通り。でも少なくとも、この取り組みが人々に投票の大切さについて、改めて見直す機会を与えたのは事実です。そして人々がRedditと、そのコミュニティの素晴らしさについて見直したことは言うまでもありません」

データの可視化の背後にある自虐的インサイトがお見事

いかがでしたでしょうか?この企画、SNS上の得票数を実際の選挙と対比させることで「1票の価値」を人々にわかりやすく可視化し、納得してもらうことに成功しています。

…というのは教科書的なまとめでして。

個人的には、このキャンペーンが他の似たようなアイデアよりも素晴らしいものになっている理由は、Redditのユーザーが日頃、いかにくだらないもの(失礼!)に投票をしているか、ということをReddit自身が認めた上で取り組んだ、いわば「自虐」の効いたアイデアになっているところだと思います。

さらにはそれを、Redditユーザーたちと一緒に「悪ノリ」することでさらに盛り上げていった点が、コミュニティビルディングの観点からいっても実に素晴らしいと思います。

この2点が起点としてあることで、この広告を目にした普通の(若干Redditを引いた目線で見ている?)人には「クスッと笑えつつ、心にグサッとくる」気がかりを与えることに成功してますし、同時にRedditユーザーたちには「さすがReddit、面白いね。俺たちをわかってるねぇ!」とロイヤルティを上げるきっかけになっています。

隠し事がほぼ何もできないSNS全盛時代。ブランドによっては、こうした計算ずくの「悪ノリ」ができるかどうかも今や、そのイメージ構築において大事なファクターとなっています。

各ブランドの中の人たちにとっては実に大変な時代ですが、最終的にはやはり透明性と愛と真心、そしてリアル・アクションを武器に乗り越えていくしかないのかな、と思います。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

パーキンソン病患者への関心を集めた見事な「視覚化」

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Photo by Tim Mossholder on Unsplash

当事者にしかわからない病気の症状

私もそろそろアラフィフに突入します。幸いなことに周りの人々に恵まれて精神的にはとても充実しているのですが、体は少し無理をするとピリリと痛みが入る年頃になりました。若い頃にはこんなことが我が身に起こるなんて想像すらできなかったのですが…(ゆえに、神経痛の薬のテレビCMは他の惑星のもののように見ておりました)。

軽い神経痛のような、誰にでも起こりうる症状ですらイメージができなく、その辛さをわかってあげられないのが人間です。ましてや「パーキンソン病」のようなより深刻で、認知も進んでいない病気においては、その患者の苦悩や孤独は相当なものだと思われます。

今回はデジタルデバイスを活用してその症状を見事に視覚化、人々の関心や共感をパーキンソン病に向けさせることに成功したキャンペーンをご紹介しようと思います。

世界的クリエイティビティの祭典カンヌライオンズ2020/2021のヘルス&ウェルネス部門で金賞を獲得した取り組みです。それでは以下の紹介動画をご覧ください。

パーキンソン病にかかった3Dプリンタ」

www.youtube.com[雑和訳] ナレーション「史上最も偉大なファイター、モハメド・アリ。しかし、彼にも勝てない相手がいました。それは、パーキンソン病。多くの人たちにとって、その病との戦いはまだ続いています。

9分に1度、誰かがこの病気だと診断され、この病気は世界で最も患者数が増えている神経障害となっています。そして今もなお、それは不治の病なのです。

紹介しましょう。”パーキンソン病にかかった3Dプリンタ”。人間の病に初めてかかった3Dプリンタによるアートコレクションです」 文字:「6人の患者のストーリーを具現化した6つのアート作品」

女性の患者「会社ではアルコール中毒なんじゃないかという噂を立てられてしまって…」 男性の患者「いっそ木や柱に車で突っ込んだほうがマシなんじゃないかと思うこともありました」

ナレーション「我々は患者たちに、病気により使いにくくなってしまったモノや道具について話してもらいました。そしてそれぞれの患者からEEGシステムと速度計を通じて、動作と神経に関するデータを記録。6人分のデータをまとめ、それぞれの「病状」のデータを3Dプリンタに流し込んだのです。

そして彼らが話した”使いにくくなったモノや道具”を、それぞれの患者の病状である”体の震え”を移植した3Dプリンタにより作成。彼・彼女らが日々の暮らしで悩んでいるパーキンソン病の症状を視覚化しました。

これらの作品は”世界脳の日”に公開、ベルリンにて展示されました。併せてオンラインでは、人々にパーキンソン病の初期症状や進行、そして最新の治療状況について啓蒙するストーリーを展開。作品は健康に関する会議でも展示されました」

*この話題を取り扱ったニュース映像が続く ナレーション「結果、この病気について理解を深め、研究を進めることの大切さについての議論を再び盛り上げることに成功したのです。今、これらの作品はS herrattの神経学部に永久展示されていて、全ての患者たちが一人ひとり、自分のストーリーを伝え、汚名をそそぐためのインスピレーションを与えています」

技術の進化でアイデアも進化していく

いかがでしたでしょうか?これは3Dプリンタという、比較的最近普及したデバイスを斬新な方法で応用することで活用して実現した、これまでになかったメッセージの伝達方法です。

このように、技術の進化に合わせてコミュニケーションの方法はどんどん広がっていきます。そして、技術進化のスピードは今もなお加速しています。

それを考えた場合、アイデア発想のための1手段として、例えばこのブログで過去のアイデアを振り返り、それを今の技術で行うとしたら何ができるんだろう…と思いを巡らせるのもいいのかもしれません。

ということで、本ブログで過去に触れた、難病への支援の輪を広げるためのアイデアを集めた以下の2記事も参考になると思います。

wsc.hatenablog.com

wsc.hatenablog.com

特に1つ目の記事に紹介されている「The Most Powerful Arm Ever Invented」は今回ご紹介したアイデアにも通じるものがありますので、ぜひご覧いただければと思います。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

惨劇の歴史を忘却から守った「香水」

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Photo by Ant Rozetsky on Unsplash

世界的に忘却が進む20世紀の過ち

アメリカとソ連による冷戦が終わった1990年代は、一時的に世界に平和なムードが帰ってきた10年間でした。バルカンの悲惨な紛争などはあったものの、当時日本の大学生だった私も、インターネットの普及と併せて突然世界が広がったような気がして、世界の未来は明るいとウキウキしながら生きていました。

しかし今はどうでしょうか?ウクライナで、台湾で、朝鮮半島で、まるで冷戦2.0前夜のような状況に陥っています。

そしてさらに怖いのが、第2次大戦の記憶も生々しかった20世紀の冷戦時と違い、今や私を含む庶民のほとんどが本当の戦争の怖さや辛さ、痛さを知らず、オンラインでレコメンドされる偏った記事などでどんどん、周りの国への憎悪を募らせている点です。

まるで次のカオスへと突き進み始めたように映る今の世界ですが、次の悲劇を食い止める方法としてやはり一番有効なのは、世代を超えて過去の過ちをしっかりと胸に刻み続けることなのかな、と思います。

今回はそんな、人類の過去の過ちを忘却から救った「香水」のアイデアをご紹介します。

世界的クリエイティビティの祭典カンヌライオンズ2020/2021のPR部門で金賞を獲得した取り組みです。ぜひご覧ください。

N23-事実に基づくフレグランスyoutu.be

[雑和訳] ナレーション「スターリンによる抑圧。これはロシアの歴史における悲惨な1章です。そしてモスクワの中心部にあるNikolskaya23番地は惨劇の中心部でした。この裁判所があった場所で、3万1,456名もの人々が銃殺刑に処されたのです。

…しかしロシアはこの歴史を忘れ、この場所を惨劇を忘れないためのミュージアムにしよう、という30年に渡るロビー活動にも関わらず、不幸にもこの場所は高級な香水ブティックになることが判明しました。

新聞紙Novaya Gazettaは歴史の真実を守るべく、この計画を止めるためのキャンペーンを実施。2019年の10月30日、政治的粛清による犠牲者を追悼する日に特別な香水を作りました。

その名も”N23 - 事実に基づくフレグランス”-火薬の香り添え。この高級なパッケージにはショッキングな中身が隠れていいます。処刑の庭にあった土の上に、ソ連製の薬莢でできた香水の瓶が置かれ、その香りは処刑上の建物で起きたことへの恐怖を掻き立てます。

N23の調合は(処刑執行のための書類に使われる)インクと古びた紙の香り、そして(処刑されるのを待つ)湿った部屋にヒントを得た香りに加え、テーマの核をなす火薬と、とても苦い後味を残す灰の香りで構成されました。この香りの配合は1937年、自らの祖祖父を処刑で失った調合師が担当。

この限定版の香水は議論を盛り上げるために各種メディアやオピニオンリーダーに配布され、結果、国内外で驚きの反響を受けました。そして、社会的な反対運動のムーヴメント化に成功したのです。

4万人の市民がNikolskaya23に追憶のためのミュージアムを開館するためのchange.orgに署名。ロシアの大手銀行の会長もこの運動を支持すると宣言しました。

ついにはこの建物の所有者が香水ブティックの開店計画を撤回。スターリンの犯罪行為は、ロシアの歴史に永遠に残ることとなったのです。

文脈にそえば香水もメッセージになる

いかがでしたでしょうか?強い言葉や、生々しいヴィジュアルだけが人々の心を掻き立てるのではありません。

この取り組みでは、歴史的に忘れるべきではない場所を「香水のブティックに変える」というとんでもない計画に対する反対の意を表明するために、「香水」に皮肉たっぷりの意味を込めて世に問うことで人々にメッセージを的確に伝え、彼らの心を動かし、ひいては世論を動かすことに成功しました。

情報量が多すぎて、インサイトから紡ぎ出された視点や、それを伝える言葉や映像だけでは十分な量の人々に、十分な量のメッセージが届かない今の時代。

メッセージを適切な文脈で香水に変換し、たった900ドルの予算でこれだけの社会的反響を与えたこの取り組みは、我々にも学べるところが多い事例なのではないかな、と思います。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

政府の汚職を実演で証明したチェコ共和国のハッカソン

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Photo by Martin Krchnacek on Unsplash

政府の「サイト開発費」の異様な高さをハッカソンで証明

古今東西、権力者は自分の力を濫用したい誘惑と戦い、時には打ち勝ち、時には破滅へと突き進む代物です。

そんな個人の内面に暮らしが左右される一般市民はたまったものではない、ということでそのチェック&バランス機能としてジャーナリズムが存在しているわけですが、インターネットが発達した今の時代、ジャーナリストに加えて「デジタル・テクノロジスト」も社会に公正さを保つ重要な存在となっていくのかもしれません。

今回は、チェコ共和国政府が高速道路の通行証を販売するeコマースサイトの開発のために、明らかに必要以上の予算を私企業にこっそりつぎ込もうとしていることを糾弾すべく、プログラマーやコーダーなどの「デジタル・テクノロジスト」たちが取り組んだユニークかつ、劇的な結果を導いたハッカソンをご紹介します。

世界的クリエイティビティの祭典カンヌライオンズのブランド・エクスペリエンス&アクティベーション部門とダイレクト部門の2部門で2021年、金賞を獲得した取り組みです。ぜひご覧ください。

Anticorruption Hackathon "反汚職ハッカソン"

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[雑和訳] タイトル[過去40年、チェコ共和国全体主義体制の下にあった] [一般市民は変革をする術を持たなかった] [共産主義の終焉から数十年を経た現在にしてなお、汚職の蔓延は収まることがなかった] […これまでは。]

ニュース”多くのチェコ市民が抗議の声をあげています” 市民「この国を誇りに思いたいのに、今はできません」 タイトル[2020年1月、私有企業Asseco Central Europeがeコマースのプラットフォーム開発について政府との契約を勝ち取った] [その価格は1,600万ユーロ(約20億7,000万円相当)。しかしその公示すら無かったのだ]

ニュース「4億チェコ・コルナの契約です」 タイトル[そこで反汚職を掲げる団体Znamkamaradaは行動を起こすことにした]  [我々だったらこんなものはタダでできる。しかも2日以内で] Znamkamaradaのスタッフ「我々はハッカソンを計画しています。コードが組める人はこの週末、参加してください」

タイトル[高まるプレッシャーの中、首相はZnamkamaradaと対面することを承認した] [そしてハッカソンが始まった。194人のプログラマーが昼も夜も開発に取り組み続けた] ニュース「数百人のコーダーたちが週末、サイト作りに取り組み続けています」 プログラマー「このアプローチでサイト構築は可能であることを示したいです」

レポーター「順調にいけば、日曜の午後6時には完成しそうです」 「しかも全て無料で作られてしまうのです」 「果たして約束通り、時間内に完成できるのでしょうか?」 中の人「できると思います」 タイトル[そして、48時間以内にサイトは完成した]

[Assecoとの契約はキャンセルされた] 要人「本日、刑事告訴を提出するつもりです」 タイトル[交通省大臣は罷免に] ニュース:「臨時速報:交通省大臣が罷免されました」 タイトル[1,100万ユーロ(約14億2,500万円相当)に上る納税者のお金が救われた]

[政府は24万ユーロ(約3千100万円相当)を超えるIT関連の契約については公示の上、入札を行うことを約束した] 中の人「政治家は公金の使用について、より慎重になることでしょう」 タイトル[Znamkamaradaによる反汚職ハッカソン]

デジタル・テクノロジストたちが力を合わせて大臣を罷免に

いかがでしたでしょうか?社会に真偽が判別し難い情報が溢れかえってしまっている今、権力者の犯罪については「真実を記事にする」というジャーナリスト的動きだけではその影響力に限界が出てきているのも事実です。

そんな状況に対し、このアイデアのようにデジタル・テクノロジストが力を合わせて「おかしな事実」を自分たちの行動で証明する、という方法は新しいですし、一方「みんなで大きくて悪いものに立ち向かう」というストーリーは今度東西、なぜかあらゆる人々をの心を巻き込む力があります(私もこの取り組みを翻訳している間、映画「サマーウォーズ」を観た時のようなワクワクを感じていました)。

そうした人間の根源的なインサイトを踏まえつつ、ハッカソンという(フェイクだと糾弾しにくい)新しい形式で権力の悪をやっつけたところに、この取り組みの凄まじさがあると思いました。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!

メディアミックスが光る、ブラジルのプライドパレード

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Photo by Margaux Bellott on Unsplash

実際に会えないという制約を見事に逆用

制約はイノベーションの元になります。今では当たり前のように多くの人が自宅からZoomなどのオンラインチャットツールを使って打ち合わせを行っていますが、それも「パンデミック回避」という制約の末に世界中が成し遂げたイノベーションだと言えます。

性的マイノリティの人たちが偏見や差別と戦うために世界中で繰り広げてきたプライドパレード。今回はコロナウイルスの影響でそれが現実の道路で開催できないという制約を、見事なメディアミックスで克服したブラジルのアイデアをご紹介します。

世界的クリエイティビティの祭典カンヌライオンズのエンターテインメント部門(音楽)にて2021年、グランプリを獲得した取り組みです。

Feed Parade "フィード・パレード"

vimeo.com

[雑和訳] ナレーション ”パウリスタ通りはブラジルの民主主義にとって意味深い場所です。そこでは1997年以来、世界最大規模のプライドパレードを行われてきました。しかし2020年、ブラジル社会がLGBTのコミュニティに対する度重なる攻撃に直面していた時…”

*【ブラジルでの暴行によるLGBTの人々の犠牲者数は過去最高に -ガーディアン】【ブラジルでは反同性愛者による暴力が伝染 -ニューヨーク・タイムズ】などニュース記事の記事が入る 

"明らかな理由(=コロナによる影響)でパレードはキャンセルされてしまいました"

"しかし南米最大のeコマース業者で、このパレードのスポンサーであるmercado livreは、今こそ彼らが商品を届けるだけではない、自由を届ける存在であることを示すチャンスだと決意しました… 例えロックダウン中であっても”

パウリスタ通りはサンパウロ中心部にある全長2.5キロのまっすぐな通りです” "我々は1平方メートル単位でこの通りを撮影し、" "ブラジルで最も象徴的なこの通りをインスタグラムのフィードに変換しました" ”そしてインフルエンサーを使い、我々は人々に「フィード」・パレードへの参加を呼びかけました”

"参加の方法は簡単でした。インスタグラムのフィード上の写真をタップし、コメントを残すだけ" "15分の内に、パウリスタ通りはブラジル中からの参加者のコメントで埋め尽くされました" "このフィードパレードは、LGBTQ+コミュニティに熱狂を巻き起こしました"

"そして、人々がその取り組みが終わったと思った後日、ブラジルで最もビッグなアーティストの一人であり、活動家である人物がミュージックビデオを発表しました" "そしてそこには、フィード・パレードに参加したすべての人々がフィーチャーされていたのです"

*【1秒あたりのコメント数:50以上】【500万インプレッション以上を獲得】など結果が入る 

”そして、世界最大のプライドパレードは生き延びたのです”

試みを盛り上げた現実とSNS+音楽の見事な組み合わせ

いかがでしたでしょうか?一般論にはなりますが現実でのイベント実施が難しい場合、実体験による興奮や一体感は削がれるものの、デジタル化することで地理的な制約を超え、より多くの人たちが参加できるようになる、という利点があります。

今回はさらにパレードの道が「直線である」という所に着目し、インスタグラムのフィード上にその道を再現した、ということと、フィードの機能を活かして誰にでも簡単に参加できるUIを設計した点が素晴らしいと思いました。

さらにご当地の有名ミュージシャンともコラボしてそのMVでもこの取り組みを活用した、という点が、ともすれば一過性で終わってしまいがちなSNSを活用したキャンペーンのインパクトを長引かせる意味で効いていると思います。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!