世界のソーシャルキャンペーン WORLD’S SOCIAL CAMPAIGN

このブログではこれまでの常識に「ひとつまみの非常識」を加えることで世界中で話題となったソーシャルキャンペーン事例を、和訳文付きでご紹介。NPOや起業家等、社会をよりよくしたいすべての人のヒントになれば幸いです。

オンラインで世界にアピール!世界の女性ソーシャル活動家たち

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みなさんこんにちは。カンヌの特集を終えて心機一転。今回はオンラインを巧みに操りソーシャルキャンペーンを展開している、ふたりの女性活動家をご紹介いたします。

まずはインドのSofia Ashraf(ソフィア・アシュラフ)さん。彼女は地方都市コダイカナルで起きている、水銀による健康被害を国民的関心事にしようと立ち上がりました。

彼女がとった手段は「ラップ」。ラップ歌手でもある彼女がニッキー・ミナージュのヒット曲「アナコンダ」に合わせてコダイカナルの現状を訴えたミュージックビデオを制作したところ、300万以上のビュー数を稼いで文字通り、コダイカナルでの出来事を国民的関心事に盛り上げることに成功しました。

<コダイカナルは屈しない>

www.youtube.com

<歌詞和訳(冒頭のみ)>

コダイカナルは屈しない コダイカナルは屈しない

改善されるまで、コダイカナルは諦めない

これはコダイカナルについての話

彼らがやってきて厄災をもたらした

土地を汚染することで

つまりこういうこと 彼らは温度計の工場を建てた

そこで働く人たちは水銀を扱ってた

そして彼らは廃棄物を 離れた場所にある植え込みに捨てていた

それがつまり、汚染物質だったというわけ

(以下省略)

ちなみにこれが元ネタとなったアナコンダのミュージックビデオ。

www.youtube.com

比べてもわかる通り、パロディの方は本当に手作り感覚のミュージックビデオで、ソフィアさんもこれほどの反響を呼ぶとは考えてもいなかったようです。

興味深いのは彼女がかつて、日本にも支社がある世界的広告代理店、オグルビィ・アンド・メイザーで働いていたということ。「広告代理店で働くことで、メッセージを届けるために、大衆文化をどう利用すべきなのかを学びました。ニッキー・ミナージュのアナコンダを使うことで、彼女のファンは気にいるでしょうし、アンチの人にも無視できないものになると思ったんです」とは彼女の弁。

詳しくはこの記事のネタ元でもある、英国紙ザ・ガーディアンのオンラインをご覧ください。

www.theguardian.com

そしてもう一人、この記事を読んでいるうちにふと思い出したのがアメリカのエリン・ブロコビッチさん。彼女の活躍はジュリア・ロバーツ主演で映画になったのをご記憶の方も多いでしょう(もう15年も前の映画なんですね…汗)。

エリン・ブロコビッチ - 作品 - Yahoo!映画

巨大企業を相手に、史上最大級の集団訴訟を成功させた彼女の今を探ろうと検索してみたところ、こんなサイトを立ち上げて消費者を守る運動を続けておりました。

www.brockovich.com

サイトのヘッドラインは「22年。そして今も格闘中。」かつてミスコン荒らしだったという美貌もそのままに、困ったらエリンに言って!とばかりに全米を駆け回っているようです。

二人に共通するのは、きっかけは外部からのものであるものの、最終的には自らの意思と好奇心でイシューに向かって立ち上がっている、という点。その純粋な姿勢がなんらかのカリスマなり、チャームとなって周りを巻き込んでいくんだな、と思いました。

今回の記事の話につきましては、週末の勉強会でもお話しする予定ですのでいらっしゃる方はご期待ください。

peatix.com

 気づけばリンク貼りまくりな回になってしまいましたが、皆様ぽちぽちやりながら楽しんでくださいませ。

それでは今週も、元気に「立ち上がって」いきましょう!

[An English Summary]

In this article, I featured two female social activists,  Sofia Ashraf and Erin Blockovich. Sophia is an Indian rapper and she succeeded in appealing mercury pollution induced by a global brand's factory in India, through uploading a parody music video of "Anaconda" by Nicki Minaj to YouTube. It's interesting that she learned "how to use popular culture to reach a wider audiende" when she was working for Ogilvy & Mather, the globally well-known advertising agency. And Erin Blockovich, you may know her by the movie starring Julia Roberts in 2000, still works very vigorously by using her own website. Both of them have some charisma or charm by chasing their own curiosity and good faith. 

最終回!カンヌ国際クリエーティブ祭 ライオンズヘルス審査レポート:女性のスポーツ参画をサポートした国連イチ押しのキャンペーン

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【写真キャプション】ライオンズヘルスの「グランプリ・フォー・グッド」発表とともに開かれた記者会見で話す、国連財団のアーロンさん。総人口73億人のためのアイデアを、と何度も熱く語っていました。

さて、夏も終わりに近づきましたし、6月から続いてきたカンヌ国際クリエーティブ祭のヘルスケア部門・ライオンズヘルスの特集も今回を最後にひと区切りつけようと思います(審査の過程でこれはいい、と感じた作品もまだいくつかありますが、それはまた近いうちに…)。

ということで今回はカンヌから帰ってきた後にも自分の心に残り続け、帰国後の報告会でも話すほどに「これ自分、めちゃくちゃ好きだ・・」という思いが強くなるばかりのイギリス発のキャンペーンをご紹介します。

NGOや政府系の広告主は規定により通常のグランプリを獲れないのですが、そういった団体の応募作の中から選ばれる特別賞「ライオンズヘルス グランプリ・フォー・グッド(協力:国連財団)」を獲得したスポーツ・イングランド(旧 英国体育委員会)の「This Girl Can(この娘は、できる。)」です。評価されたのは全体のキャンペーンなのですが、まずはその中でも特に素晴らしい、ミュージックビデオ風のテレビCMをご紹介します。それではCount Down!

<この娘は、できる。>

vimeo.com


www.youtube.com

ビデオ翻訳>

女性1:「いくわよ!」

♩音楽スタート!

“肉たわむ。故に我あり。”

“豚のように汗かき。女狐のようにセクシー。”

“タマを蹴るわよ。覚悟しなさい。”

“そのとおり。私はイケてる。”

女性2:「もうダメ」

<この娘は、できる。>

さて皆さま、いかがでしたでしょうか。自分が持ち上げすぎたこともありますが、「?」と思った方も多いのではないでしょうか。それでは引き続き、このCMを含めたキャンペーンの全容をまとめたビデオをご覧ください。

<「この娘は、できる。」キャンペーン解説ビデオ>

vimeo.com

<ビデオ和訳>

女性キャスター「14歳から40歳の女性の中で、75%もの人が運動をもっとしたいと答えているのにもかかわらず、男性に比べて、運動を定期的にしている女性は200万人も少ないそうです。いったい何が彼女たちを思いとどまらせているのでしょう。」

ナレーター:えぇと、理由は山ほどあります。

タイトル:「男っぽい」「汗」「赤ら顔」「運動音痴」「ノーメイクが嫌」etc…

ナレーター:これらすべてに共通するのが「容姿で判断される恐怖」。しかし理想化された体や、広告の中のアスリートイメージは女性を励ますどころか、女性の恐怖を助長するばかり。ていうか、こんなスーパーボディの人どこにいるのよ?スポーツ・イングランドが性的差別を解消し、女性たちを励まし、容姿で判断される恐怖に一発喰らわせるためには、そして、女性たちに運動の喜びを広げていくためにはどうすれば良いのだろうか?

女性1:「いくわよ!」

♩音楽スタート!(CMスタート)

ナレーター:大きなスポーツブランドが決して採用しないような、一般女性をキャステイングして。「皮下脂肪」や「たるみ」、「うめき声や汗」など、運動の時に恥ずかしく感じるものを祝福して。屋外看板はそんな女性たちの輝けるひと時を切り取った。SNSには、それぞれの女性たちが、克服した恐怖についての実際の話を埋め込んで…。結果、キャンペーンは全世界へと広がった。

各国のキャスターたち:「これは天才的なキャンペーンです。」「女性を勇気づけますね。」「これは<この娘は、できる。>という試みで…」「この娘ができるなら、みんなできる、ということなんです。」「ついに、私たちを勇気づけるものが出てきてくれたわ。」

<※結果の数字やツイッター文言省略>

しかし一番大切なことは、これに勇気づけられた世界中の女性たちが「判断される恐怖」を克服し、「私にも、できる。」と考えはじめてくれたこと。

女性ユーチューバー「この広告は本当に楽しくて、素晴らしく元気が良いので朝起きると『さあ行こう』という気分になります。」

スポーツクラブの女性たち「この娘は、できる〜!」

女性2:「…もうダメ」

<この娘は、できる。>

 さて改めて皆さま、いかがでしたでしょうか?ビデオの繰り返しになりますが、スポーツ・イングランドが素晴らしいのは、普通の女性たちがなかなかスポーツに乗り出せない理由が「太っているのに走るのか?」とか「おばちゃんなんだから無理すんなよ」といった、容姿や見た目により判断されることへの恐怖であると発見したこと。そして女性たちが恥ずかしいと思い込んでいる脂肪やたるみ、汗やうめき声を素晴らしい映像と音楽、キャッチコピーで「誇るべき個性」として堂々と描くことで、「容姿なんてものよりも、スポーツしようと思い、実践するそのスピリットが美しいものなんじゃないの?」と、世界中の人々のモノの見方に新しい角度を与えたことです。

またキャンペーンのウェブサイトやSNSチャネルの使い方なども、シンプルでとてもわかりやすく、業界の人たちにとって模範となる仕上がりになっていると思います(以下のリンクご参照のこと)。

www.thisgirlcan.co.uk 

ちなみにスポーツ・イングランドは政府系の関連団体で、「文化・メディア・スポーツ省」というところの管轄下にあるそうです。まずは国としてこの3つのカテゴリーをひとつの省にまとめているところが時代をよく捉えていますし、このようなクリエーティブを可能にした遠因でもあるのかな・・と思います。また、2012年のロンドンオリンピックパラリンピックの招致・準備および実施のための行政支援を行ったのもこの省だったそうです。 

他人と異なる容姿を揶揄して笑いをとったりなど、とりあえず本人がどうにもできないことを「いじって」ネタにすることがまだ多い日本のコンテンツメーカーにとっても、その創造力の欠如に警鐘を鳴らす素晴らしいキャンペーンであるだけでなく、その背景にある国とスポーツの関係性についてすらも色々と考えさせることが多いキャンペーンでした。

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何はともあれ、ライオンズヘルス。世界中から集まった素晴らしい14人の審査員たちと、素晴らしいアイデアについて話し合った南仏での4日間は自分にとっても発見と成長ばかりの、大きなターニングポイントになりました。

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【写真キャプション】ライオンズヘルスのフェアで熱心な、尊敬すべき審査員たちと。審査3日目、1420本の応募作から180本の入選作を選ぶために朝9時から夜中の11時まで、激論を交わした後の1枚。

過ごした日々が遠くになっていくのは悲しいですが、その時に見聞きしたキラキラした物事は心の宝石箱にしまって、みんなに惜しみなくシェアしながら、未来に向かって歩き出そうと思います。

次回からも引き続き、ひとつまみの非常識で世界を変える、素晴らしいキャンペーンをご紹介してまいります。お暇な時にぜひまた、お立ち寄りくださいませ。

ブランドも消費者もWIN-WIN!カンヌ国際クリエーティブ祭 ライオンズヘルス審査レポート vol.8

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【写真キャプション】カンヌの授賞式で見事、ライオンのトロフィーを受け取ったチームの一コマ(今回紹介の作品スタッフとは異なります)。ゴールドライオン(金賞)以上でないと登壇できない他部門とは違い、LIONS HEALTHはシルバーライオン(銀賞)でも登壇できるので、何としても舞台に立って受賞したい人には狙い目かも。

皆さまこんにちは。東京では暑い中にも、徐々に過ごしやすい瞬間なども感じられるようになりましたがいかがお過ごしでしょうか?

開催からまだ2ヶ月しかたっていないにもかかわらず、すでにはるか遠い昔のようにも感じられますが、今回も私が審査員を務めたカンヌ国際クリエーティブフェスティバル「LIONS HEALTH」のヘルスケア&ウェルネス部門で出会った素晴らしい作品をご紹介します。

ヘルスケアというとどうしても、NPO団体などが主催するソーシャルグッドな取り組みが目立ってくるものですが、今回はユニリーバという多国籍企業が取り組んだ、人々に役立ち、かつ商品の「売り上げ向上」につながった、ビジネスモデルとしても優れたアイデアをご紹介します。まずは以下の解説ビデオをご覧ください。

<衛生ハンドル>

www.youtube.com

<ビデオ和訳>

テレビの司会者「暮らしに食料品などの買い出しは欠かせませんが、食べ物以上のものを家に持ち帰ってしまっているかもしれません」

アナウンサー「特にスーパーのカートのハンドルには、100万匹以上のばい菌が潜んでいるかもしれないのです」

アナウンサー「サルモネラ大腸菌ブドウ球菌は消化器官に深刻なダメージを与え、時には死をもたらすことさえあるのです」

“そこで衛生的な習慣を推進する(石鹸や除菌用商品のブランド)「ライフブイ」は、これらの危険から身を守る方法を開発した”

<ライフブイ「衛生ハンドル」>

“ハンドルにライフブイの消毒液を塗布し、99.9%除菌する革新的デバイス”

ライフブイのマーケティングマネージャー「ライフブイは菌や感染から人々を守ります。カートに毎日、何人が触るのかを想像してみてください。ライフブイを一往復させるだけで清潔に消毒することができるのです」

“100万以上の菌がついたハンドルを一瞬で99.9%除菌”

ライフブイのマーケティングマネージャー「中東最大のカルフールのフラッグシップ店と提携しています」

利用者A「とても簡単で清潔なソリューションです」

利用者B「カートは清潔とはいえませんから。カートを返した後、手も消毒されていると考えると安心します」

“毎日10000人の買い物客を守り、ライフブイの売り上げは53%上昇”

ライフブイのマーケティングマネージャー「いろんな場所に応用できると考えています。病院や電車、バスなどといった場所で」

“治療より予防の方が優れていることを実証”

ユニリーバ「ライフブイ」

以上、いかがでしたでしょうか?審査の現場でもこれはすこぶる評価が高く、「スーパーの入り口でこんな商品体験ができたら、売り場でも絶対に手に取りたくなるよね!」とか、「ライバルブランドの担当者がこれをやられた時の気持ちを考えると、めちゃくちゃ悔しいはずだと思う!」とか、いい大人たちが目をキラキラさせながら興奮して話していました。僕も何か言っておきたいと思い「これを応用したら、いろんな場所でみんなが一拭きするだけでライフブイの消費量が革命的に上がるかもしれない。そんなビジネスモデルにも発展しうる素晴らしいアイデアだ!」とキラキラしてみました。

これは消費者にとっても嬉しく、売り場にもよく、そしてもちろんブランドにも良いという、絵に描いたような「3方よし」の企画です。我が国も夏場はジメジメして、食中毒などが起きやすい季節なので、来年はぜひ、同じような取り組みを日本でもやって欲しいと思いました。 

追伸:9月4日(金)に以下リンク先の勉強会で話すことになりました。あの「グリーンズ」の小野さんとのコラボトークの予定です。主催者のご厚意で読者様に座席を確保してもらったので、ご興味があればぜひ登録してご参加ください。なんてったって「無料」です!!

peatix.com

 

これは明快!カンヌ国際クリエーティブ祭 ライオンズヘルス審査レポート vol.7

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【写真キャプション】授賞式後、会場外で行われた懇親会での一コマ。今回ご紹介したアイデアを担当したコスタリカのクリエイター(左から二人目)と偶然、出会うことができました。私も受賞を後押ししたことを伝えたら、とてもとても、喜んでいました。でも向こうの人、みんな握手が強くて痛いんですよね…笑

みなさんこんにちは。間に夏の特別補習を入れてしまいましたが、今回からは引き続き、私が審査員を担当したカンヌ国際クリエーティブ祭・ライオンズヘルスのヘルス&ウェルネス部門で見つけた印象的なアイデアをご紹介してまいります。

今回のアイデアは中米コスタリカのファーマーズ・マーケットで行われた、ガンの早期発見を啓蒙するものなのですが、審査の過程では正直、一部の審査員から「あまりにシンプルすぎるのではないか」という意見も出ました。ただ、スーパーに行けばなんでも買えるヨーロッパや日本などの先進国とは違い、途上国ではマーケットは暮らしの中に根付いた重要なインフラであり、人々が毎日のように足を運ぶマーケットでこのようなメッセージを発信することは自分たちが想像するよりもずっと効果的であるはずだと私が援護射撃を行うことで、無事銅賞に引き上げることができました。

表現的にもノンバーバルでわかりやすい内容で、個人的にはとても好きな作品です。ビデオも「いい意味で」スカスカなので、アイデアを愛でつつ、コスタリカのマーケットを夏休みに観光しているような気分でぜひ、お楽しみくださいませ。

vimeo.com

<ビデオ和訳 ※以下すべて字幕の翻訳>

ガンの早期発見は生存率を90%高めるといわれる。…しかし人々は検診を受けない。

<タイトル:腐った細胞 - ガンの早期発見の大切さを伝えるシンプルなデモンストレーション>

<メッセージ:ひとつの腐った細胞が、他をダメにする。ガンを早期に発見しよう。>

ファーマーズ・マーケットがこのような試みを許可したのは、コスタリカでは初めてのこと。

 この広告は2万人にリーチし、見た人の12%が腫瘍学者からの情報を求め、検診センターを紹介された。

最大手の報道機関も、このメッセージを国中に拡散。

<ドラッグストア Fischel – あなたには健康でいてほしい>

いかがでしたでしょうか?このアイデアは「胃袋や腸が大体どんな形をしているか」がわかり、「腐ることは良くないことだ」という共通認識さえあれば、誰でも意味が分かってしまうところが強いな、と思います。

日本にも昨今、多様な文化的背景を持つ人々がどんどん訪れるようになってきています。同質文化の中で「以心伝心」に甘えてきた自分たちですが、必要な時にはさっと、世界中の人に通じるこのアイデアのような「シンプル」かつ「ユニバーサル」な気遣いや表現がすぐに提示できるような、準備や心構えをしておきたいな、と感じさせてくれる一品でした。

【夏の特別補講】シリアについて、一人の若者の目線から考える

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さて、日頃は世界の素晴らしいソーシャルキャンペーンについてご紹介するこのブログですが、今回は夏の特別補講と称して、斬新なアイデアを生み出すために欠かせない、世界に対する「新しい視点」をくれたシリア内戦に関する映画と、その上映にちなんで8月1日、渋谷アップリンクで行われたトークイベントについてご紹介します。

※この催しについての詳細はこちらをごらんください:

『それでも僕は帰る ~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』 - 上映 | UPLINK

まずは映画から。50年以上曲がりなりにも平和が続き、戦争なんて起きるはずがないと思っていたシリアの人々。しかし、2010年のアラブの春をうけて盛り上がりを見せた民主化運動と、その弾圧に端を発して泥沼化した内戦はシリア第3の都市、ホムスをほんの1〜2年で廃墟に変えてしまいました(日本でいうと名古屋がまるごと廃墟になってしまう、というイメージでしょうか)。その中で、地域の平和的民主化運動のカリスマだった19歳のサッカー選手バセットが、武器を手に取り、徐々に過激主義に傾倒していく過程を克明に撮影したドキュメンタリーフィルム「それでも僕は帰る〜シリア 若者たちが求め続けたふるさと(原題:The Return to Homs)」です。それでは映画の予告編をどうぞ。

www.youtube.com

ちなみにグローバルバージョンはこちら。

www.youtube.com

民主化運動で盛り上がる、活気にあふれた街のシーンから一転、政府軍の攻撃から身を隠すため、壁に開けた穴を通り抜けて破壊された民家から民家を移動するシーンや、ターゲットとなり、破壊しつくされた同胞の実家から、家族のコーヒーカップを掘り出すシーンなど、上映時間89分を通じて心に迫ってきたのは、実はシリアの人々への同情ではなく「万が一、自分の街が戦争になったらこうなるんだ」というリアリティ。

そして何といっても印象的だったのが、主人公バセットがたどる心の変遷でした。輝くような魅力的な笑顔とラップ調の即興歌によるアジテーション、そしてYoutubeを活用した世界への情報発信で人々に力を与えていた青年が、度重なる戦闘と同胞の死でその輝きをすり減らしていく過程が心を痛めます。平和であれば、地域おこしの素晴らしいリーダーになるに違いない、カリスマだったのでしょうが…。

映画は渋谷と福岡で公開中(2015年8月2日現在)ですし、本国のサイトを見ると、映画館で観るのとさほど変わらない料金で、オンラインで見ることもできるようです。以下に関連サイトをリンクしておきますのでお時間のある方はぜひ、ご覧ください。

<日本語配給元サイト>

映画『それでも僕は帰る』 | ユナイテッドピープル - UNITED PEOPLE 映画配給・宣伝

<グローバルサイト※ここからオンラインレンタル&購入も可能のようです>

http://www.returntohoms.com

そして8月1日、渋谷アップリンクにて映画の上映に引き続き行われたトークショーでは、私の学生時代の先輩でもある前中東特派員、朝日新聞ニューデリー支局長の貫洞欣寛さんと、国境なき医師団の看護師としてシリアを始め南スーダンやネパールなど、世界中で活動している白川優子さんが登場。映画だけでは追えなかったシリアの実情をそれぞれの経験から語ってくれました。

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【写真キャプション】トークショー後の親睦会での1枚。右から2人目が貫洞さん、その左が白川さん。左端が映画の日本での配給を実現させたユナイテッドピープルのアーヤ藍さんです。感謝!

貫洞さんからは地政学的にロシアやトルコ、サウジやイラン、西側諸国の思惑がシリア国内の民族対立と複雑に絡み合い、解決の糸口が見えないシリア内戦の現実と、映画の主人公バセットの近況についてがわかりやすくプレゼンテーションされました。(以下ネタバレ注意:バセットは2014年末にYoutubeの自分のチャンネル上でISISへの忠誠を誓い、以降消息不明。おそらく今頃は、ISISの前線で戦っているのだろう、とのことです…)。

そして白川さんからは、シリア政府軍の標的となるため紛争地域の外れの民家に秘密の医療施設を作り、国境なき医師団の一員として市民たちの治療に当たっていた日々についてが語られました。子を持つ親として、罪のない子供たちが砲弾で傷つき、命を失っていく話は聞いていて本当に辛かったです。

映画やこれらのお話を伺うことで、これまでは新聞記事の話題の一つでしかなかったシリアでの出来事が、自分たちと同じ世界で、同じ人間により行われていることとして(本来当たり前のことなのですが)感じられるようになりました。また、これまでならず者の集まりというステレオタイプでしか認知してこなかったISISが、なぜ壊滅しないのか、という疑問についてもバセットを通じてより幅広い視点から考えることができるようになりました。

ソーシャルグッドを志すクリエーティブとして、気をぬくと自分の心を覆い尽くす思い込みとステレオタイプは、世界を変えるアイデアを思いつくための大敵です。私はこの映画を観ながら、「なぜバセットにあの時、武器の代わりにアイデアを与えるクリエーティブな人物が周りにいなかったのだろう」ということを本当に口惜しく思いました。そして自分の周りでもこれから、志を抱く人物が悩んで短絡的なソリューションに陥りそうであったら、クリエーティブパーソンの意地にかけて絶対に、アイデアの力で助けてみせる」と固く心に誓ったのでした。

 

…さて今回は、映画とトークショーの衝撃のあまり暑苦しい補講を開いてしまいましたが、次回からはまたカンヌで見つけた素晴らしいアイデアをご紹介します。引き続きこのブログをご愛顧のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

 

ペットの健康も考える!カンヌ国際クリエーティブ祭 ライオンズヘルス審査レポート vol.6

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【写真キャプション】 審査翌朝、プレスカンファレンスでグランプリを発表します。ここできちんと論理的に説明できる結果をまとめることが、審査委員長の責務のひとつ。写真は我らが審査委員長アンドリューによる、素晴らしいスピーチの一コマ。

みなさんこんにちは。今回も私が審査員をつとめたカンヌ国際クリエーティブ祭・ライオンズヘルスのヘルス&ウェルネス部門で見つけた、素晴らしいソーシャルキャンペーンについてご紹介します。この部門で審査していて面白かったのが、審査カテゴリーの中になぜか「Animal Health(動物の健康について)」というものが含まれていた点。他の応募作品には人間の難病や、喫煙予防などについてのシリアスな話題が多かったのに比べて、このカテゴリーでは以前にこのブログでもご紹介したペディグリーの感動的なムービー(この記事の末尾にリンクします)が応募されていたりと、ペットを扱った心なごむものが多く、応募総数1430本の中でも一服の清涼剤になっていました。今回はそんな中でもなるほど、という視点の切り替えで見事銅賞を獲得した、ブラジル発のアイデアをご紹介します。

<値段のないペット>

www.youtube.com


www.youtube.com

<ビデオ和訳>

NGOスタッフのコメント「収容シェルターはいつもひどい状態です。収容されたペットたちは病気や虐待、収容過多で死んでいきます。飼い主たちの中には、シェルターに捨てれば里親も見つかり、適切なケアを受けられると思い込んでいる人たちもいるようですが、たいていのペットはそこで病気やうつなどにより、命を失ってしまうのです。人々はペットショップの動物を飼うときは結構なお金を払います。一方で、(無料で引き取ることができる、シェルターに収容されているペットたちのように)お金を少しも払わずに、飼い主の暮らしに大きな喜びを与えてくれるペットもいるのですが・・」

<値段のないペット>

ペットショップの店員A「いらっしゃいませ」

客A「このブチのある犬が欲しいんですが」

ペットショップの店員A「彼ですか?…ああ、無料です」

客A「××××!?」

客B「タダなの、ホントに!?」

客C「つまり、お金を払わずにこのまま連れて帰っちゃってもいいってこと?」

ペットショップの店員A「そうですよ」

客D「ホントに!?少しまけてくれないかってお願いしようと思っていたのに…」

ペットショップの店員A「そう。本当なんです」

タイトル:私たちは、客には内緒でペットショップの動物たちを、シェルターに収容されたペットたちと入れ替えたのだ

客E「タダでくれるってどういうこと?」

客F「え、本当に払う必要ないってこと?」

ペットショップの店員A「その通りです」

客G「冗談でしょ?」

客Gの連れ「いいじゃない、連れて行きましょうよ。」

客H「あの子がいいわ!」

NGOスタッフのコメント「結局、一番大切なのはペットと飼い主との共感なんです。そのペットが血統書付きかどうかは、実は関係のないこと。大事なのは、ペットショップのケースの前にいる人間と、その向こう側にいるペットがその場でいかに愛情を育むか、なのです」

タイトル:命を買うより、救うほうがもっといい

“pricelesspets.com.brにアクセスを”

以上、いかがでしたでしょうか?「日常の当たり前」にちょっとした非常識をひとつまみ入れることで、課題を丸々解決してしまうかもしれない、素晴らしいアイデアですよね。ちなみにカンヌでの審査中、審査員たちの反応として共通していたのが「応募ビデオがもう少し良ければなぁ」というもの。審査に応募されてきたビデオは今回ご覧いただいたものとは異なり、後半部分にこの企画へのメディアの大きな反響や、その結果、ブラジルの他の50箇所近いペットショップでも同じ取り組みが行われたことなどが説明されていたのですが、どちらにせよもう少し、コメントやお客さんのリアクションだけでない「仕組みの鮮やかさ」がビデオできちんを説明されていれば、と私も思いました。

ただし本質的に大事なことは、ビデオの出来栄えやカンヌで受賞したかどうかよりもまず第一に、このアイデアがいかに社会の課題解決に貢献したか、ということ。以下に関連するリンクを貼っておきますので、お時間ある方はぜひ覗いてみてください。

それでは今週も皆さま、暑さに負けず頑張っていきましょう!

 

【pricelesspets(値段のないペット)公式サイト】

Priceless Pets - Animais Valiosos

 

【この作品と同じくライオンズヘルスで銅賞を獲得したペディグリーの<出所初日>】

wsc.hatenablog.com

 

カンヌ国際クリエーティブ祭 ライオンズヘルス審査レポート vol.5

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【写真キャプション】 最終日前、ショートリストを決める審査室の様子。審査員は朝から晩まで一日中、このような暗い試写室で過ごします・・。

皆さまこんにちは!気づけば審査終了から一ヶ月がたってしまいましたが(早い…)、今回もカンヌ国際クリエーティブ祭ライオンズヘルスで私が審査した、ヘルス&ウェルネス部門から特にご紹介したい一品をお届けします。

今回はこれまでに紹介した「INTIMATE WORDS(デリケートな呼び名)」、「バックアップメモリー」と三つ巴でグランプリを争った「ラッキー・アイアンフィッシュ」をお届けします。ややマニアックな楽しみですが、なぜ前回取り上げた「命を救うビンディ」が銀賞で、この鉄の魚が金賞だったのかを比較してみると、両者とも構造的には、とてもよく似たアイデアなので面白いと思います。

実はこれが出てきた瞬間、私を含む審査員の何人かは「これがグランプリか」と盛り上がったのですが、審査委員長の冷静な判断もあり、全員一致でこれを金賞に留めることにしました。それについても後でさらりと触れますね。それではまずは、まっさらな気持ちで以下のビデオをご覧くださいませ。

<ラッキー・アイアンフィッシュ(幸運の鉄の魚)>

vimeo.com

<ビデオ和訳>

<世界的課題に対する、シンプルな解決方法 — CNN>

カンボジアでは、人口の半数が深刻な貧血に苦しんでいた。なぜなら彼らが食べる魚や米には鉄分がほとんど含まれていないからだ。鉄分の不足は妊娠中の流産、早産、死産などをはじめ、人々に様々な健康被害をもたらす。薬剤も存在するが、あまりにも高価であった。私たちには、安価で効果的な解決方法が求められていた。

そのとき我々が発見したのが「鉄の板」である。我々は、鉄の板を調理中の鍋にいれて10分置くことで、1日に必要な鉄分の75%が食材に染み込むことを発見したのだ。

ただ問題は、現地の人々に使ってもらうこと。確かに彼らは使ってくれたが…その使い方は、(机の位置調整に使うなど、)見当はずれのものだった。

みんなの役に立つためには、もっと工夫しなければならない。そこで見つけたのがこれ。現地で希望の幸運の文化的象徴とされる(”魚”にちなんだ)…

「ラッキー・アイアンフィッシュ」。

現地の人々はこのアイデアを受け入れてくれた。我々は現地に出向き、教育し、より多くの家族がこれを使うよう奨励した。結果は、暮らしを変えるような大きなものであった。9ヶ月の医学的検査やテストの後、鉄分不足は50%解消した。そして、5万人を越える人々が体調の改善を実感したのである。

さらに素晴らしいのは、これが持続可能な解決方法である、ということ。鉄は厳密な品質管理のもと、廃品からリサイクルされたものを使用。そして魚のパッケージは、その地域のコミュニティにより作られた。この過程で、このプロジェクトは多くの雇用をも生み出したのである。

アナウンサー「この試みは、アメリカの全大統領、ビル・クリントンにも賞賛されました。」

<世界中から26億のメディアインプレッションを獲得>

今やラッキー・アイアンフィッシュは慈善事業として、世界中の家族を救う大きな力となっている。

この魚を、広めていこう。

<ラッキー・アイアンフィッシュ>

さて皆様、いかがでしたでしょうか?実はカンヌでの審査の序盤では、現地の人々の行動を変容させたアイデアの秀逸さだけでなく、これが「持続可能な」リサイクルや雇用も生み出している、という点が審査員たちの心に深く刺さり、「これはグランプリ候補かもしれない」と審査委員長が口走るほどの勢いでした(そしてそれが銀賞だった「命を救うビンディ」との評価を分ける点でした)。

ただその後賢明だったのが、審査委員長の「であるからこそ、慎重に審査しよう」という判断。関連していそうなTEDのプレゼンテーションを確認したり、直接当事者にメールすることなどにより、アイデアのコアである「鉄の板を魚の形にする」という部分が、応募した広告代理店によるものではないことがわかったために、「これをライオンズヘルスとして、グランプリにするのは適切でない」という判断に至り、金賞に留めたのでした。

他にも評価が高かった作品を、過去の類似作と見比べて受賞リストから外したり等、今年のライオンズヘルスのヘルスケア&ウェルネス部門では、世界中から集まった審査員がそれぞれの角度から知見を出し合うことで、全体的にかなり精緻なジャッジができていたのではないか、と感じています。

さて次回も、そんな「緻密」なジャッジの結果受賞を果たした、ライオンズヘルスの素晴らしいアイデアを紹介してまいります。あと3回ほどライオンズヘルスがらみが続きますが、皆さま引きつづきお付き合いのほどどうぞ、よろしくお願いいたします!