【写真キャプション】ライオンズヘルスの「グランプリ・フォー・グッド」発表とともに開かれた記者会見で話す、国連財団のアーロンさん。総人口73億人のためのアイデアを、と何度も熱く語っていました。
さて、夏も終わりに近づきましたし、6月から続いてきたカンヌ国際クリエーティブ祭のヘルスケア部門・ライオンズヘルスの特集も今回を最後にひと区切りつけようと思います(審査の過程でこれはいい、と感じた作品もまだいくつかありますが、それはまた近いうちに…)。
ということで今回はカンヌから帰ってきた後にも自分の心に残り続け、帰国後の報告会でも話すほどに「これ自分、めちゃくちゃ好きだ・・」という思いが強くなるばかりのイギリス発のキャンペーンをご紹介します。
NGOや政府系の広告主は規定により通常のグランプリを獲れないのですが、そういった団体の応募作の中から選ばれる特別賞「ライオンズヘルス グランプリ・フォー・グッド(協力:国連財団)」を獲得したスポーツ・イングランド(旧 英国体育委員会)の「This Girl Can(この娘は、できる。)」です。評価されたのは全体のキャンペーンなのですが、まずはその中でも特に素晴らしい、ミュージックビデオ風のテレビCMをご紹介します。それではCount Down!
<この娘は、できる。>
ビデオ翻訳>
女性1:「いくわよ!」
♩音楽スタート!
“肉たわむ。故に我あり。”
“豚のように汗かき。女狐のようにセクシー。”
“タマを蹴るわよ。覚悟しなさい。”
“そのとおり。私はイケてる。”
女性2:「もうダメ」
<この娘は、できる。>
さて皆さま、いかがでしたでしょうか。自分が持ち上げすぎたこともありますが、「?」と思った方も多いのではないでしょうか。それでは引き続き、このCMを含めたキャンペーンの全容をまとめたビデオをご覧ください。
<「この娘は、できる。」キャンペーン解説ビデオ>
<ビデオ和訳>
女性キャスター「14歳から40歳の女性の中で、75%もの人が運動をもっとしたいと答えているのにもかかわらず、男性に比べて、運動を定期的にしている女性は200万人も少ないそうです。いったい何が彼女たちを思いとどまらせているのでしょう。」
ナレーター:えぇと、理由は山ほどあります。
タイトル:「男っぽい」「汗」「赤ら顔」「運動音痴」「ノーメイクが嫌」etc…
ナレーター:これらすべてに共通するのが「容姿で判断される恐怖」。しかし理想化された体や、広告の中のアスリートイメージは女性を励ますどころか、女性の恐怖を助長するばかり。ていうか、こんなスーパーボディの人どこにいるのよ?スポーツ・イングランドが性的差別を解消し、女性たちを励まし、容姿で判断される恐怖に一発喰らわせるためには、そして、女性たちに運動の喜びを広げていくためにはどうすれば良いのだろうか?
女性1:「いくわよ!」
♩音楽スタート!(CMスタート)
ナレーター:大きなスポーツブランドが決して採用しないような、一般女性をキャステイングして。「皮下脂肪」や「たるみ」、「うめき声や汗」など、運動の時に恥ずかしく感じるものを祝福して。屋外看板はそんな女性たちの輝けるひと時を切り取った。SNSには、それぞれの女性たちが、克服した恐怖についての実際の話を埋め込んで…。結果、キャンペーンは全世界へと広がった。
各国のキャスターたち:「これは天才的なキャンペーンです。」「女性を勇気づけますね。」「これは<この娘は、できる。>という試みで…」「この娘ができるなら、みんなできる、ということなんです。」「ついに、私たちを勇気づけるものが出てきてくれたわ。」
<※結果の数字やツイッター文言省略>
しかし一番大切なことは、これに勇気づけられた世界中の女性たちが「判断される恐怖」を克服し、「私にも、できる。」と考えはじめてくれたこと。
女性ユーチューバー「この広告は本当に楽しくて、素晴らしく元気が良いので朝起きると『さあ行こう』という気分になります。」
スポーツクラブの女性たち「この娘は、できる〜!」
女性2:「…もうダメ」
<この娘は、できる。>
さて改めて皆さま、いかがでしたでしょうか?ビデオの繰り返しになりますが、スポーツ・イングランドが素晴らしいのは、普通の女性たちがなかなかスポーツに乗り出せない理由が「太っているのに走るのか?」とか「おばちゃんなんだから無理すんなよ」といった、容姿や見た目により判断されることへの恐怖であると発見したこと。そして女性たちが恥ずかしいと思い込んでいる脂肪やたるみ、汗やうめき声を素晴らしい映像と音楽、キャッチコピーで「誇るべき個性」として堂々と描くことで、「容姿なんてものよりも、スポーツしようと思い、実践するそのスピリットが美しいものなんじゃないの?」と、世界中の人々のモノの見方に新しい角度を与えたことです。
またキャンペーンのウェブサイトやSNSチャネルの使い方なども、シンプルでとてもわかりやすく、業界の人たちにとって模範となる仕上がりになっていると思います(以下のリンクご参照のこと)。
ちなみにスポーツ・イングランドは政府系の関連団体で、「文化・メディア・スポーツ省」というところの管轄下にあるそうです。まずは国としてこの3つのカテゴリーをひとつの省にまとめているところが時代をよく捉えていますし、このようなクリエーティブを可能にした遠因でもあるのかな・・と思います。また、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックの招致・準備および実施のための行政支援を行ったのもこの省だったそうです。
他人と異なる容姿を揶揄して笑いをとったりなど、とりあえず本人がどうにもできないことを「いじって」ネタにすることがまだ多い日本のコンテンツメーカーにとっても、その創造力の欠如に警鐘を鳴らす素晴らしいキャンペーンであるだけでなく、その背景にある国とスポーツの関係性についてすらも色々と考えさせることが多いキャンペーンでした。
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何はともあれ、ライオンズヘルス。世界中から集まった素晴らしい14人の審査員たちと、素晴らしいアイデアについて話し合った南仏での4日間は自分にとっても発見と成長ばかりの、大きなターニングポイントになりました。
【写真キャプション】ライオンズヘルスのフェアで熱心な、尊敬すべき審査員たちと。審査3日目、1420本の応募作から180本の入選作を選ぶために朝9時から夜中の11時まで、激論を交わした後の1枚。
過ごした日々が遠くになっていくのは悲しいですが、その時に見聞きしたキラキラした物事は心の宝石箱にしまって、みんなに惜しみなくシェアしながら、未来に向かって歩き出そうと思います。
次回からも引き続き、ひとつまみの非常識で世界を変える、素晴らしいキャンペーンをご紹介してまいります。お暇な時にぜひまた、お立ち寄りくださいませ。