世界のソーシャルキャンペーン WORLD’S SOCIAL CAMPAIGN

このブログではこれまでの常識に「ひとつまみの非常識」を加えることで世界中で話題となったソーシャルキャンペーン事例を、時に和訳文付きでご紹介。NPOや起業家等、社会をよりよくしたい人たちのヒントになれば幸いです。

アメリカ発・銃規制反対派をチートした驚きのアイデア【カンヌ2022受賞作より】

Photo by Maria Lysenko on Unsplash

日本人には難しいアメリカ人と銃の関係

さて、今回はアメリカの銃規制を訴えるためのキャンペーンをご紹介します。日本に住んでいると、なぜアメリカの人々が銃を保持する権利にこだわるのかは分かりにくいと思います。

アメリカ市民が銃を保持する権利はアメリカ合衆国憲法修正第2条に記されており、それは今から時を遡ること1791年、後にアメリカ第4代大統領となる「憲法の父」、ジェームズ・マディソンにより推進されたものでした。そこには

「規律の取れた民兵団は自由な国家の安全にとって必要なので、国民が武器を保有し携帯する権利は侵してはならない」

という内容が記されているのですが、当時の状況を考えると、アメリカは建国からまだ20年足らず。まだ国としてどうなるか未知数な段階で、原住民族を淘汰しての西部開拓や奴隷制の保持が(誠に遺憾ながら)今と違って「是」とされていた時代的背景を考えると、このような条項が憲法に組み入れられた背景が汲み取れると思います。

しかしそれからおよそ250年後。一時は民主主義の旗手としてパクス・アメリカーナ謳歌するほどの覇権国家となった昨今のアメリカの姿のみしか知らない日本の私たちからすると、それほどの国力や安定度を誇りながら、未だに個人が銃を保持する権利に固執する姿は奇怪に映るのもまた事実です。

建国の礎となった銃を持つ権利にどこまで固執するのか?また、その権利のために増え続ける一般市民の犠牲はこのまま無視され続けてよいのか?これについては1992年ごろ、自分も大学の授業で小論文を書いた記憶がありますが、30年後の2022年も何も変わることなくアメリカを揺らし続けています。

前置きが長くなりましたが、今回はそんなアメリカで銃による暴力の犠牲となった人々の叫びが聞こえてきそうなキャンペーンをご紹介します。銃規制に強力に反対し、盤石のロビー活動を行ってきたNRA(全米ライフル協会)の元会長が、かの「憲法の父」から名を得た「ジェームズ・マディソン高校」の卒業式でのスピーチに招待されたところから、この取り組みは始まるのですが…。

ちなみにこちら、カンヌライオンズ2022にてその年を代表するアイデアに贈られるチタニウムを受賞した他、フィルム部門やPR部門、ソーシャル&インフルエンサー部門でゴールドを獲得した取り組みになります。続きはぜひ、以下の解説ムービーをご覧ください。

「The Lost Class:失われたクラス(学級)

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【雑和訳】画面上の文字:2021年度のクラス/ 2021年度に高校を卒業予定だった3,044名のクラス/ このクラスは、卒業が叶わなかったクラスです/  なぜなら、彼らの命は銃により失われてしまったから/ 彼らは...「失われたクラス」なのです/

人命よりも銃を大切にする国で命を失った彼らのために/ (「NRAは議論の席につくべきでは」「いいえ。決してそんなことはしません」など、銃規制反対派のニュース映像が畳み掛けられる)/ 私たちは、この問題に対して立ち上がらなければなりませんでした/ そして私たちは、銃規制を妨害するロビイストたちに対して立ち上がりました/

テレビの司会者「それではラスベガスで行われた、信じ難い出来事をご覧ください」/

デビット・キーン「まず最初に、皆様の卒業をお祝いするためにここにお招きいただいたことに感謝をお伝えしたいと思います」/ 2021年6月4日。我々は銃の保持を推進するデビッド・キーン氏を招待。彼に卒業生に向けてのスピーチを依頼した/

ニュース司会者の声「デビット・キーン氏はNRAの元会長で、現在も銃を推進するグループの役員を務めています。彼はジェームズ・マディソン高校の卒業式でスピーチをおこなっているつもりですが、実はそんな高校は存在しないのです」/

デビット・キーン「…夢を追い、実現してください」/

テレビ司会者「(銃推進派である)NRAの役員が、3,000を超える空席に向けて夢を叶えろ、と話すのはトラウマチックな光景ですよね。」/

別のレポーター「上空から見る3,000個の空席は本当にショッキングで、心が寒くなる光景でした」/

メディアのコメント抜粋「NRAはかつて、広告で銃に対して寛容な世論を醸成してきたが、今や投薬治療が必要なようだ -Fast Company」「3,044人の生徒が座るべきだった椅子が空席のまま会場を埋め尽くした様子は恐ろしい -The Guardian」/ 「陰鬱で、心に響く取り組み -Rolling Stone誌」/

デビット・キーン「今も銃規制を進めようとする人々がいるが、あなたたちの多くは立ち上がり、それを防いでくれるだろうと思う」/

そしてこのスピーチが、変革を求める声を歴史的なインパクトで推し進めた/ 「銃購入者全員のバックグラウンド・チェックを行う法案への署名: 40,433名/ 結果、1ドルも費やすことなく、14億をこえるインプレッションを獲得することに成功/  銃購入者のバックグラウンド・チェックについての議論は66%増加/

しかし何より重要だったのは、銃の暴力についての議論を盛り上げたこと/ …他の悲劇を起こす必要なしに/

デビット・キーン「ありがとう」/ CHANGE THE REF

社会規範のギリギリをついたドッキリ企画

いかがでしたでしょうか?これを最初に見た時、なぜこのNRAの元会長は誰もいない会場で平然と話しているのか不思議に思ったのですが、調べてみると彼には「リハーサル」と称して話してもらっていたそうです。

権威を引っ掛けて落とすという、社会規範のギリギリをついたアイデアだけあってそのインパクはえげつないものがありますが、果たして引っかけられた側にはどのように騙された事実が明かされたのか(または明かされなかったのか?)、そして騙し録りしたビデオをここまで活用して訴えられたりはしないのか、などなど興味は尽きません。

私も基本的には正々堂々と議論は尽くされるべきだとは思いますが、NRAサイドがさまざまな権益でどっぷり「守られている」状況下ではこの様なけたぐりも世の中を前進させるためには必要なのだろうな、と思いました。

ちなみに以下に、この取り組みに関連したビデオを置いておきます。上記ビデオにも登場したNRA元会長のデビッド・キーン氏のスピーチにフォーカスした解説ムービーと、同じ枠組みで行われた「銃が多いほど、暴力は減る」と訴える謎の専門家ジョン・ロット氏のスピーチにフォーカスした解説ムービー、そして3本目は、この取り組みを実施した、かつて銃撃事件でお子さんを失った主催者夫婦にフォーカスした解説ムービーです。(3本とも精度にやや難ありですが、日本語字幕も出せる仕様になっております。)

youtu.be

www.youtube.com

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特に2本目の専門家ジョン・ロット氏の意見など、常識で普通に論破できそうなトンデモ論旨でも、ロビー活動による権威づけや情報操作である程度「まともな意見」に演出できてしまうという事実に心が凍り、また、胸が痛みます。

でも、この議論のみをとってアメリカ社会が他より劣っているとも、優れているともいうつもりはありません。アメリカの銃に関する議論と同じく、それぞれの社会にはそれぞれの文脈があり、その「流れ」を見ないと理解できない部分がどうしても出てきます。そしてそれは、日本社会におけるさまざまな議論でも同じことがいえるでしょう。

少々脱線しましたが、このストライクゾーンギリギリのアイデアを実施に持ち込んだ人々の勇気と胆力に敬意を表したいと思います。

いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それでは皆さん、また来週!

 

★今週のおまけ★

過去に取り上げた「銃規制」のアイデアに関する記事を以下に載せておきます。

wsc.hatenablog.com