世界的に忘却が進む20世紀の過ち
アメリカとソ連による冷戦が終わった1990年代は、一時的に世界に平和なムードが帰ってきた10年間でした。バルカンの悲惨な紛争などはあったものの、当時日本の大学生だった私も、インターネットの普及と併せて突然世界が広がったような気がして、世界の未来は明るいとウキウキしながら生きていました。
しかし今はどうでしょうか?ウクライナで、台湾で、朝鮮半島で、まるで冷戦2.0前夜のような状況に陥っています。
そしてさらに怖いのが、第2次大戦の記憶も生々しかった20世紀の冷戦時と違い、今や私を含む庶民のほとんどが本当の戦争の怖さや辛さ、痛さを知らず、オンラインでレコメンドされる偏った記事などでどんどん、周りの国への憎悪を募らせている点です。
まるで次のカオスへと突き進み始めたように映る今の世界ですが、次の悲劇を食い止める方法としてやはり一番有効なのは、世代を超えて過去の過ちをしっかりと胸に刻み続けることなのかな、と思います。
今回はそんな、人類の過去の過ちを忘却から救った「香水」のアイデアをご紹介します。
世界的クリエイティビティの祭典カンヌライオンズ2020/2021のPR部門で金賞を獲得した取り組みです。ぜひご覧ください。
N23-事実に基づくフレグランスyoutu.be
[雑和訳] ナレーション「スターリンによる抑圧。これはロシアの歴史における悲惨な1章です。そしてモスクワの中心部にあるNikolskaya23番地は惨劇の中心部でした。この裁判所があった場所で、3万1,456名もの人々が銃殺刑に処されたのです。
…しかしロシアはこの歴史を忘れ、この場所を惨劇を忘れないためのミュージアムにしよう、という30年に渡るロビー活動にも関わらず、不幸にもこの場所は高級な香水ブティックになることが判明しました。
新聞紙Novaya Gazettaは歴史の真実を守るべく、この計画を止めるためのキャンペーンを実施。2019年の10月30日、政治的粛清による犠牲者を追悼する日に特別な香水を作りました。
その名も”N23 - 事実に基づくフレグランス”-火薬の香り添え。この高級なパッケージにはショッキングな中身が隠れていいます。処刑の庭にあった土の上に、ソ連製の薬莢でできた香水の瓶が置かれ、その香りは処刑上の建物で起きたことへの恐怖を掻き立てます。
N23の調合は(処刑執行のための書類に使われる)インクと古びた紙の香り、そして(処刑されるのを待つ)湿った部屋にヒントを得た香りに加え、テーマの核をなす火薬と、とても苦い後味を残す灰の香りで構成されました。この香りの配合は1937年、自らの祖祖父を処刑で失った調合師が担当。
この限定版の香水は議論を盛り上げるために各種メディアやオピニオンリーダーに配布され、結果、国内外で驚きの反響を受けました。そして、社会的な反対運動のムーヴメント化に成功したのです。
4万人の市民がNikolskaya23に追憶のためのミュージアムを開館するためのchange.orgに署名。ロシアの大手銀行の会長もこの運動を支持すると宣言しました。
ついにはこの建物の所有者が香水ブティックの開店計画を撤回。スターリンの犯罪行為は、ロシアの歴史に永遠に残ることとなったのです。
文脈にそえば香水もメッセージになる
いかがでしたでしょうか?強い言葉や、生々しいヴィジュアルだけが人々の心を掻き立てるのではありません。
この取り組みでは、歴史的に忘れるべきではない場所を「香水のブティックに変える」というとんでもない計画に対する反対の意を表明するために、「香水」に皮肉たっぷりの意味を込めて世に問うことで人々にメッセージを的確に伝え、彼らの心を動かし、ひいては世論を動かすことに成功しました。
情報量が多すぎて、インサイトから紡ぎ出された視点や、それを伝える言葉や映像だけでは十分な量の人々に、十分な量のメッセージが届かない今の時代。
メッセージを適切な文脈で香水に変換し、たった900ドルの予算でこれだけの社会的反響を与えたこの取り組みは、我々にも学べるところが多い事例なのではないかな、と思います。
いやぁ、アイデアって本当にいいもんですね。それではみなさん、また来週!