世界のソーシャルキャンペーン WORLD’S SOCIAL CAMPAIGN

このブログではこれまでの常識に「ひとつまみの非常識」を加えることで世界中で話題となったソーシャルキャンペーン事例を、和訳文付きでご紹介。NPOや起業家等、社会をよりよくしたいすべての人のヒントになれば幸いです。

あの死から23年。アイルトンセナ財団が見せる、アスリートによるソーシャルグッドの可能性:Ayrton Senna Foundation - New Way of Social Good by a Legendary Athlete

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1994年5月1日。イモラのタンブレロコーナーで34歳の人生を終えたアイルトン・セナ。年代的にも自分の生き方に大きな影響を与えてくれた人物ですが、死後23年を経て、彼のブランドやレガシーは遺族によるNGO団体、アイルトンセナ財団によって今もブラジルの子供たちの教育に大いに役立てられているそうです。最近の著名アスリートたちが企業との関係性などで自己ブランドの維持に苦労する中、ソーシャルグッドと結びつけたこのような座組みのアイデアは案外とこれからの参考になるかもしれないと思いましたので、以下にイギリスBBCによる記事の概要を翻訳してご紹介いたします。

Here is a link to BBC's article about Ayrton Sena Foundation, which is supporting chilren's education in Brazil even today.  

www.bbc.com

<記事概訳>

アイルトン・セナ : そのブランドとレガシーは生き続ける”

その死から23年を経てなお、かつてのF1世界王者アイルトン・セナの名は生きている時と同様の価値を保っている。彼の故郷、ブラジルに変化をもたらしながら。

 

金曜の午後、サンパウロから1時間ほど離れた郊外の小さな町イタチバの学校では、12歳ぐらいの子供たちがコンピューターラボに集まっていた。

授業時間を超え、課外活動として自発的に参加している子供たち。彼らはMITのエキスパートが子供にコーディングを教えるために開発した「スクラッチ」というソフトウェアを学んでいる。

ブラジルの学校でこのようなカリキュラムを持つところはほとんどない。世界での学力ランキングでも最下層に沈むこの国では、算数やポルトガル語など、基本的なことを教えるのにすら苦労しているのが実情だ。

イタチバではF1に興味を持つ生徒や教師はほとんどいない。ただ、ここで起きていることは1994年5月1日、サンマリノGPで命を落としたアイルトン・セナのレガシーの一部だ。

“セナとその一族”

コーディングの授業は、セナの姉ヴィヴィアーノが彼の死から数カ月後に立ち上げたNGO団体、アイルトンセナ財団により運営されているプロジェクトだ。

この財団の主な資金源は、セナのブランドやレガシーのマネジメントによりもたらされている。

彼は今もなお、世界でもっとも価値のあるスポーツブランドの一つだ。過去5年間で、この財団には10億レアル(およそ350億円)もの資金が集まった。

そしてこれは、セナ家のビジネスでもある。財団の理事はヴィヴィアーニで、彼女の娘、ビアンカブランディングを担当している。

その資金の多くは野心的な教育プロジェクトの推進に使われ、それが財団の主なビジネスになっている。

ビアンカは言う。「普通の企業の場合、その中の一部に社会貢献活動のための部門がありますが、私たちはある意味、その逆だと言えます。私たちは、スポーツブランド会社をその中の一部に入れ込んだ、唯一のNGO団体なのです」

<衰えぬ人気>

セナは、マーケティングの点でまだかなりの価値がある存在だ。

セナ関連の商品が強い市場はブラジルと英国、イタリア。

ボストン・コンサルティンググループが行なった2015年の調査によると、セナブランドが商品に与える影響力はロジャー・フェデラーマイケル・ジョーダンと同じクラスに属する。

また他の調査によると、リオ五輪に参加したブラジル代表選手(多くは若すぎて、彼の存命中の姿を知らないはずだ)の中で、彼はネイマールやペレを上回り、彼らにもっともインスピレーションを与えた存在として位置付けられた。

セナ財団はこのマーケティングの価値を最大限に生かすべく、関連書籍やDVD、ヘルメットやコレクターズアイテムを購入してくれるF1ファン層と、レースには興味がないが、彼のカリスマや価値に良い印象を持つ一般層の2つのターゲットに向けて、何百という商品にセナの顔と名前の使用を許可している。

一般層に向けての商品としては、おもちゃや子供向けのコミック、ケチャップやマスタード、マヨネーズなどの調味料が販売されている。

<比類なきブランド>

トップブランドコンサルタント社のマーケティングスペシャリスト、マルコス・マチャド氏によると、キャリア全盛期における悲劇的な死によって、セナは勝利者としてのイメージを失わず、大衆の心に訴えかけることができたと言う。

ほとんどのスターアスリートは衰え、引退することによりその魅力を失うことになる。時にはタイガー・ウッズライアン・ロクテのように、スキャンダルで自らのブランドを傷つけてしまうこともある。

<セナのF1キャリア>

・世界王者:1988,1990,1991

・161レースに出場

・通算41勝

・ポール・ポジション獲得数65

・初レース 1984 ブラジルGP

・初優勝 1985 ポルトガルGP

・最後の勝利 1993 オーストラリアGP

・ラストレース 1994サン・マリノGP

・F1史上最高のドライバーに選出

セナブランドの強みは実質上、ライセンス契約による収入のほぼ全てが、利益ではなくチャリティに生かされるところである。

教育は財団の中核事業であり、過去20年で、この財団は年間1900万人の子供たちをサポートし、6万人の教師を訓練するブラジル最大のNGO団体の一つとなった。

そして今、財団は多くの学校に安価で導入することができるスマートな教育推進策 ー ヴィヴィアンが言うところの「ワクチン」の開発と研究に投資を集中させている。

<社会的かつ、情緒的スキル>

昨年この取り組みは、リオデジャネイロ低所得者たちが集まる公立学校、コレジオ・チコ・アニシオで大きな成果を上げた。

カリキュラムを見直し、算数や言語といった従来の科目のみでなく、忍耐や規律、決断力といった社会的、情緒的スキルの教育も評価マトリクスとセットで組み入れたところ、全国規模の学力テストにより低所得者層の中では5番目に優秀な学校としてランクインしたのだ。

今年、財団はこの「ワクチン」プログラムをブラジル南部の20校に展開している。

「このような社会的、情緒的スキルは個人的な特性に基づくものであり、計測できるものではない」、「この財団は学校や教師を一般のビジネスと同じように扱いすぎなのでは」など、財団の活動に批判がないわけではない。

 しかしヴィヴィアーニはこう否定する。

 「もし19世紀の人が今の教室を見たとしても、何も違いを感じないでしょう。でも世界の他の部分では技術や科学の革命が起きているのです」「何もそれは、スマホタブレットを子供に持たせるだけのことではありません。私たちは、そのような世界と相対するための社会的、情緒的スキルを育もうとしているのです」

<これからの課題>

いくつかの成功にもかかわらず近年、ブラジルの教育水準はPisaによる世界ランキングでも低下傾向から抜け出せていない。

ブラジルでは6歳から16歳までの子供、合わせて5000万人が教育を受けるものの、高校を卒業するのは5人のうちたった1人で、あとの子供たちはその間に教育過程から身を引いてしまう。

財団も前途が洋々というわけではない。学校との全ての取り組みは州や市当局の認可が必要なものの、公共の財政は不況により破綻している。

ブランドの点から言っても、一般大衆のセナへの興味・関心を保ち続けることは、時の経過とともに難しくなっていくことだろう。

マチャド氏は言う。「この財団は素晴らしい仕事をしてきた。大衆のセナへの興味関心も保ち続けることができるだろう。ただ、それは永遠というわけではない」「私たちは現実的にならないといけない。いつか、若い世代にとってセナは現実のアイドルというよりかは、遠い過去の人物のように感じることになるだろう」

サーキットでは、不可能なことを可能にすることでその伝説を作り上げたアイルトン・セナ。その名を冠する財団は今、彼のスピリットを胸に新たな不可能に挑戦しようとしている。